朝の時間は、普通の商売をする者にとってはとても貴重な時間である。商品の陳列及び仕入れ作業。店内の清掃。ビラ配り。それらをすべて一度に行わなくてはならないからだ。それは、普通の商売かどうかは怪しいティコ魔法堂においても同じであった。 「師匠。倉庫からこんな薬が出てきたのじゃが、これはなんですか?」 ティコ魔法堂の従業員兼奴隷のルヴェルが倉庫の中から、様々な色の薬の入った箱を持ち出してきた。 店の女主人のティコは、ダルそうに棚にハタキをかけながら、視線だけをルヴェルの持っている薬瓶に向けた。 「あぁ、それは私が適当に調合した薬で、嘘がつけなくなる薬、どんなものでもおいしく食べれるようになる薬、優しくなる薬、不幸になる薬。あと、この薬はなんだったかしら」 ティコは箱の中から、紫色に輝く不気味な薬瓶をつまみ上げる。 「ちょっと思い出すから、ルヴェルくん、何か飲み物入れて」 「コーヒーをいれておきました」 ルヴェルはそう言ってカップを差し出す。 「あら、気が利くじゃない」 そう言って、ティコはカップを受け取り、少しその中身を見つめた。 「…………ルヴェル君?」 ティコはカップに視線を向けたままルヴェルの名前を告げる。それに、ルヴェルは背筋を小さく振るわせ、背中を向けたまま尋ねた。 「ど……どうなされ……」 「お砂糖頂戴」 「申し訳ありませぬ。砂糖は切れておりま……」 その時であった。ルヴェルがその気配に気付いたときはすでに遅く、口の中に急に熱い液体が注ぎ込まれる。それが、ティコに出したコーヒーであることはすぐにわかった。 ルヴェルはその液体の熱さに床に倒れながら思わずコーヒーを噴出して、袖で口を拭きながら、 「し、師匠。一体何を」 「ルヴェル君」 ティコは今日一番の笑顔で、奴隷の名前を呼ぶ。 「私に優しくなる薬を飲ませようとしたでしょ。私が作った薬品の匂い、いくらコーヒーに紛れているとはいえわからないとでも思ったの? あの微妙な匂いは……あら、あの匂いは」 ティコは、立ち上がろうとするルヴェルのポケットから薬瓶を抜き取り、 「あら。やっぱり、これは優しくなれる薬じゃないわよ」 「は?」 「ほら」 ティコが客用の鏡(アクセサリーなどを買いに来た人のために用意した)をルヴェルに見せる。 「どこもかわっていないようじゃが……」 ルヴェルは鏡を見たが、自分の顔が映し出されているだけである。 「もうちょっと上よ」 「うえ?」 なんとなく嫌な予感を感じながら、ルヴェルは自分の頭を鏡に映そうとして、気付いた。 頭から何かが生えている。色はルヴェルの髪と同じ紫色だが、何かが違う。突き出たそれは、最初、垂れていたのだが、ルヴェルが驚くと同時にぴくんっと立った。 「これは……」 「犬耳が生える薬なの。耳といっても、聴覚機能は無いから、ただのアクセサリーよ」 「師匠ぅ」 「あぁ、はいはい。薬ね」 ティコは、さきほどの薬瓶の入った箱から一本を取り出し、 「これを飲んだら耳はなくなるわ」 「師匠。ありがとうござ……」 ルヴェルがティコから薬瓶を受け取ろうとしたとたん、ティコはその手を上にあげる。 「ルヴェルくん。そういえば、へそくりの場所変えたんでしょ」 「うっ」 かつて、へそくりを丸々借金の返済にあてられたルヴェルは、こっそりとお金をコインに変えて、ある場所に隠していた。 「師匠。へそくりと薬を交換というわけですか?」 「別に。私は悪魔じゃないからそんなこといわないけど。へそくりの場所がわからないと、気になって薬のビンを渡すときに手元がくるって床に叩きつけちゃうわよ」 床に叩きつけるってどんな手元の狂い方だろうとは思ったが、ルヴェルはそれを口に出さず、悩んだ。 教えなければ、確実にティコは薬瓶を床に叩きつける。理由は面白いから。そんな理由で弟子を不幸のどん底に落とすのが、彼女の手口であった。 「わ、わかりました。全部話します。全部渡します。じゃから、薬を」 「そう? まぁ、ルヴェル君が渡してくれるのなら、私も素直に薬……」 まっさきに異変に気付いたのは、ティコであった。 さきほど床にこぼしたコーヒーから、何か煙が出ているのだ。 「湯気にしては量が多いわね」 「師匠、それより薬を」 ルヴェルが言った、その時であった。 煙が急に急増して、ルヴェルを、そしてティコを包み込んでいった。 耳鳴りがした。耳がおかしくなる。そんな感じがする。 煙の中で、最初に考えたのは床の感触だった。 木でできているはずの床にしては反発が強い。まるで、石のような。 次に感じたのは、風であった。扉をしめきっていたはずの室内にしては、風が強い。 そして、煙が晴れてくると、聴覚が戻ってきた。それと同時に、ざわざわと多くの声が聞こえてくる。開店にはまだ早いはずなのに。 「あれ? ルヴェルさん。ティコさん。何してるんですか?」 聞きなれた声とともに、煙の外から現れたのは、見知れた少女であった。 「シオ。どうして……」 煙が晴れてきて、どうしてシオがここにいるのかという疑問よりも、どうして自分がここにいるのかという疑問が強くなった。 そこは、ティコ魔法堂ではない。街の中心。現在薬草市が行われている広場であった。 「ふぅ、どうやら、薬が変に作用して、瞬間的に場所を移動する薬ができあがったみたいね」 瞬間移動の道具は、いくつか存在する。特にダンジョンから脱出するアイテムなどは有名であるし、ダンジョンの中にも脱出用の装置がいくつか存在する。 偶然とはいえ、ティコの妙な薬から瞬間移動の道具ができたとしても不思議とまではいかない。 「ティコさんも、今日はデートですか?」 シオがティコに尋ねる。ティコは、その不思議な質問に首をかしげ 「そんなわけないでしょ。それより、私も、ってことは、シオちゃん」 「シオー」 広場中に聞こえるのではないかという声をあげ、少年が近づいてきた。フィルである。 「ごめん、待った?」 「ううん、ティコさんたちと話してたから。じゃあ、ティコさん。これからフィルくんとデートなんで。それに、私たちがいないほうが、二人もいいでしょうし」 シオが含みのある言い様をして、フィルくんの手を握る。 「じゃあ、行きましょ。今日は、一緒にケーキ屋めぐりしようね」 「う……うん」 「大丈夫よ。半分は私が出すから」 そう言いながら、二人は歩き去っていく。 「あの二人、とうとうつきあいはじめたのね。あら、ルヴェルくん、どうしたの?」 「うぅ、フィルに先を越されるとは、わしはどうすれば……」 ティコは、うっとうしそうにルヴェルを見た後は目もくれずに、 「私はついでに仕入れしていくから、ルヴェル君は店の準備してなさいよ。それにしても、例え割り勘でもシオちゃんとケーキ屋めぐりじゃ、フィル君は破産するわね」 「うぅ、わしも彼女を作らないと」 まだ心が落ち着かないまま、ルヴェルは店に辿り着いた。 ルヴェル意中の人のヤヨイは、ルヴェルとは口を利いてくれない。それに、彼女はルヴェルの弟のクリックと現在つきあっていて、ルヴェルとヤヨイが恋人同士になる可能性は皆無に等しい。 ポケットから鍵を取り出そうとして、鍵をかけないまま出て行ったことに気付いた。 「今帰りました。って、誰もおらんのじゃが」 独り言を言いながら、ルヴェルが店に入る。 そう、誰もいないはずだった。 「おかえりなさい、ルヴェル君」 ティコが笑顔で迎えにきた。 「ど……どうして帰って、薬草を買って帰るのじゃなかったのですか?」 「何言ってるの? 薬草を買ってくるっていったのは、ルヴェル君じゃない。忘れたの?」 「そ……そうじゃったか」 「そうよ。もしかして、何も買ってこなかったの?」 ルヴェルの顔が急に青ざめる。 真実がどっちであっても、買い物を頼まれて、それを果たせないということがティコに知られたら、ひどい折檻をうけてしまう。一日立ち直れないほどの鞭打ちも覚悟がひつようだ。 「す、すいませぬ。今から……」 「まぁ、いいわ。店の商品は、私が今から在庫の品を加工するから、ルヴェル君は、開店までゆっくり休んでて」 ティコはそういうと、店の奥のアトリエに入っていく。 ゆっくり休んでて。 「師匠が、あんなことを言うなんて」 これは、いままでに無いお仕置きが待ち受けている。 今のこれは、嵐の前の静けさに違いない。 ルヴェルと分かれたティコに何があったのか。 それは、数十分前にさかのぼる。 「自分で買出しするのは久しぶりねぇ」 買出しといっても、商品を注文するだけで、荷物はあとで店に搬入してもらう手配をしていた。多少、手数料はかかるが、その分多くの品を納入できる。 そのおかげで、ティコは手ぶらで買い物をすることができた。 六件目の品定めを終え、店に帰ろうとしたとき、ティコは、ある人影に視線を止めた。 「ルヴェルくん? 何してるの? こんなところで」 店に帰ったはずのルヴェルがそこにいたのだ。 「おぉ、ティコか。ちょうど、今、品定めを終えたところじゃ」 「ティコ? ルヴェル君、いつから私のことを呼び捨てするようになったの?」 表面で落ち着きながらも、ティコは、怒り半分、うれしさ半分であった。呼び捨てにしたことは腹立たしいが、その分、きつい灸を据えることができる。 「いつからって、もう二年前から呼び捨てにしてるぞ。へんなティコじゃの」 「ほぉ、謝るどころか貫き通すわけね。いいわ。街中だからと寛大に見てあげたけど、まぁ、人に見られるのも悪くないわね」 そういうと同時に、ティコの重心が大きく下がった。そのまま、鋭い突きをルヴェルに向ける。ルヴェルの武術の腕は一流の域に近づいており、魔術師や錬金術師として一流のティコだが、武術もまた一流の彼女の突きをルヴェルがかわせるはずがない。 ティコはそう思ったし、油断はしていなかったが確信はしていた。 それなのに。 「どうした?」 鳩尾を狙ったティコの攻撃をルヴェルは簡単に受け止めて、涼しい顔で尋ねた。 そこでティコは気付いた。ルヴェルの犬耳が消えていることに。 「あなた、ルヴェル君じゃないわね」 「ルヴェルくん、ずっと気になってたんだけど、その犬耳、どうしたの?」 「は、これは、師匠の……」 「師匠の?」 「いえ、なんでもございません」 とても優しく尋ねるティコ。犬耳の生えているルヴェルもさすがにおかしいと思っていた。 (殺される) 今までにないティコの対応に、ルヴェルは自らの死を確信した……刹那。 鈍い音とともに、頭に強い衝撃が走った。 「ルヴェルくん」 振り返ると、木の棒を握ったティコが立っている。 「し、師匠。すいませんでした」 「本当よ。まさか、異世界に飛ばされるなんて思ってもいなかったわ」 「異世界、じゃと?」 「えぇ。この子が目に入らない?」 いわれて、ルヴェルは気付いた。 「わしが、もう一人……コレは一体」 ルヴェルの頭の中が混乱していたとき、もう一つの混乱した声が背後から聞こえた。 「え? 私がもう一人?」 もう一人のティコがそこにいた。 「とりあえず、名前の区別をするために、こっちの世界の私のことをティカと呼ばせてもらうわね」 「えぇ。わかりました」 丁寧な物言いで、優しいティコ――もといティカは頷く。 「で、こっちの世界のルヴェル君は犬でいいかしら? 私の世界のルヴェル君でもいいけど」 「いや、どっちの世界じゃろうと、自分のことを犬と呼ばれるのは。わしのことはルを取ってヴェルでかまわんよ」 犬と呼ばれていないルヴェル――もといヴェルが言った。 「で、師匠。これはどういうことなのですか? 異世界と聞きましたが」 犬耳のルヴェルが尋ねる。 「そのままよ。おそらく、こっちの世界は、私たちの世界と微妙に違う世界なのよ。こっちの世界では、シオちゃんとフィル君はつきあってるみたいだし、ルヴェルくんは私の奴隷じゃないし」 「二年前まで奴隷じゃったが、師匠が突然奴隷解放宣言をなさって。今では対等の立場となっておる。じゃが……」 ヴェルはルヴェルを見て、ため息をつき、 「あの頃のわしか。あの生活がさらに二年間続いているとなると……」 ヴェルが身震いをした。 「まぁ、いいわ。元の世界に戻る薬を作らないといけないから、ティカ、あなたも私なんだからしっかり手伝いなさい」 「はい、わかりました」 ティコとティカはそう言って、工房に入っていった。 そして、ルヴェルとヴェルが残される。 「わしたちはどうするかのぅ」 「とりあえず、わしは散歩してくる。二人の師匠と同じ空間にいると、気が滅入りそうじゃ」 「わかった。今日は店は臨時休業にするから、ゆっくり休むんじゃぞ」 ヴェルがルヴェルの肩を叩く。ルヴェルの辛さを二年前まで味わっていたヴェルのせめてもの気遣いなのだろう。 異世界とはいっても、世界はこれといって変わったことは無い。 強いて言えば、そこら中にカップルが成立していた。 まず、通りで出会ったアイトとイヴのカップルには驚かされた。 ルヴェルは、アカデミー時代のアイトとイヴのラブラブぶりを常に目の当たりにしていたが、あの頃のままつきあっていた。 次のカップルは、シスターとヘルシンキであった。こっちはラブラブというよりも長年連れ添った老夫婦という感じて、ゆっくりと喫茶店でハーブティーを飲んでいた。どうやら、ヘルシンキは非番らしい。 だが、一番驚かされたのは、シバとサラサの夫婦がシバ商店をイシュワルド一の企業と成長させていたことだ。金勘定にうるさいあの二人のことだから、凄い方法で店を成長させたのだろう。 「わしも彼女がいれば……」 「あれ? ルヴェルさん。どうしたっすか?」 その天使の声は、急に現れた。 「ヤヨイちゃん?」 「ルヴェルさん。元気ないっすね」 「ヤヨイちゃん、普通にワシと話してくれ……」 「普通って、当たり前じゃないっすか」 当たり前。 いわれて、ルヴェルは理由が分かった。ヤヨイとルヴェルが出会ったのは、今から二年ほど前である。もしも、その二年前が、ティカが奴隷解放した後だったらどうなっていただろうか。 そもそも、ルヴェルがヤヨイのことを好きになった理由は、ティコに犬扱いされていたところを優しくしてもらったから。ということは、犬扱いされていないのなら、あのときの出会いもないわけで、ルヴェルがヤヨイに惚れたこともない。だから、ルヴェルとヤヨイは別の形で普通に出会って、普通に話していたのだろう。 (これは、わしにもチャンスがめぐってきたか) ルヴェルは一瞬、神に感謝した。が、すぐに考えを改める。 (なんでもいい風に考えるのはわしの悪い癖じゃ。ヤヨイちゃんは弟とラブラブじゃから、わしと付き合えるはずがない) 一人首を振るルヴェルにヤヨイは首をかしげたが、ルヴェルはそれを気にせずに尋ねた。 「クリックのやつは元気かのう?」 「クリックさん?」 ヤヨイはクリックの名前を反芻し、 「クリックさんって、誰っすか?」 「誰って、わしの弟じゃよ。小さくて、メガネをかけている」 「私は、そのクリック君にあったことがないっすけど」 「え?」 クリックとヤヨイが出会っていない。 それは、ルヴェルにとって、最高の結果である。 (これなら、ヤヨイちゃんは今フリー。なら、告白するチャンスが。いや、じゃが、前はヤヨイちゃんにちょっとだけストーカーと間違えられる可能性が少しある行為で嫌われてしまったからのう。今回は慎重にじゃ) 「ヤヨイちゃん。おいしいパスタの店ができての。一緒に食べにいかんか?」 「ごめんっす。お昼は済ませたっすから」 「そうか。残念じゃのう」 落胆してルヴェルが言う。やはりそううまくはいかないということだ。 「じゃあ、明日一緒に行ってもいいっすか?」 「明日? 明日一緒にいってくれるのか?」 「はい。ぜひ、連れて行って欲しいっす」 今の言葉。今まで生きてきた中で一番幸せな言葉であり、ルヴェルにとっては生きていてよかったと思える瞬間であった。 ルヴェルはその後、しつこくならないように二三、会話を挟んで店に戻っていった。 後は、ティコの邪魔をして、元の世界に戻れないようにするだけだ。 スキップしながら家に帰ったルヴェル。 店には臨時休業の看板がかかっている。 「今帰りました。いたっ」 何かを足にひっかけてしまう。 何に躓いたのかと、足元を見ると、そこにルヴェルと同じ姿の男が倒れている。 「これは……ヴェルか! ヴェル、お主どうした!」 ルヴェルが男を抱き起こしたとき、再びルヴェルと同じ声が奥から聞こえてきた。 「それはわしじゃない。別の世界から来た、ヴィルじゃ」 現れたのは、おそらくヴェルであった。 「ヴィル? また異世界から?」 「あ、ルヴェル君。帰ったのね」 ティコの姿をした女性が現れた。 「えっと……師匠……いや、ティカさん」 「ティカよ。それより、こっちに来てくれない? ヴィルさんの治療はやっておくから」 「そういって、ティカはルヴェルの腕をひっぱっていく」 廊下の奥に進むにつれ、なにやら大きな声が聞こえてくる。 「ティカさん。この声は?」 「ねぇ。ルヴェルくん。優しくなれる薬って知ってる?」 「知っておるが」 「あれをね、二年前、私、間違えて飲んじゃったの」 「なるほど。それでティカさんは優しいのじゃな」 「改めて思うわ。今までの自分がどんなにひどかったのかを」 「師匠が……何かしましたか?」 大きな悲鳴を聞きながら、ルヴェルは恐る恐るそれを尋ねる。 「あなたの師匠はまだマトモな部類だったと思うわ。ただねぇ」 ティカが扉をあけたとき、そこに広がる光景に驚いた。 お仕置き部屋にいる人たちをみて。 「あら、また新しいルヴェル君ね」 「あの犬耳は、私のところのルヴェル君よ」 「犬に犬耳つけるなんて、いいセンスしてるわね」 「とりあえず、あなたもこっちに来なさい」 四人の声。それは、全員、ティコと同じ姿の女性から発せられたものだった。 そして、彼女たちの足元には、三人のルヴェルが倒れている。 「ごめんね。ルヴェルくん……ヴェルくんのほうがわかりやすいかしら。とにかく、彼に手を出さない条件として、あなたを差し出さないといけなくなっちゃたの。あ、でも、ちゃんと治療はしてあげるからね」 そういって、ティカは四人のティコのいる部屋にルヴェルを放り込む。 『じゃあ、今日はどんな風に遊んであげようかしら』 四人のティコは不敵な笑みを浮かべてそう告げた。 その日、ルヴェルの悲鳴は店中に響き渡った。 「どうしたんですか? ルヴェルさん。犬耳なんてはやして」 ティコ魔法堂で買い物に来ていたシオはその悲鳴に驚いて尋ねた。 「そうね。きっと、犬になる夢でも見てるのかしら。犬耳になる薬に睡眠作用もあったみたいね」 その日。 ルヴェルは一日中「師匠が」「師匠がまた増えた」「百一人の師匠相手に……殺される」 などと寝言でうなされていたという。 目を覚まして、ルヴェルは思った。 ティコが二人以上いたら、世界は滅ぶだろうと。 |