「剣術大会……でござるか?」 ヘルシンキがおうむ返しで言ったのは、そんな言葉だった。 海洋都市イシュワルド。年中温暖な気候に恵まれ、また貿易都市としても成り立っている大都市である。街が栄えれば当然、人も増えるわけで、人が増えたら問題が起きるのは当然の流れ。犯罪はもちろんのこと、排水によるバブルの増殖などの魔物の問題も多く、それらの問題を解決するために、ギルドがあり警備隊がある。だが、個人が仕事を請け負い解決するギルドが手におえない場合は、どうしても警備隊にしわ寄せが来る。 近年増えつつあるその事件問題を警備隊の隊員たちは日夜迅速に解決しているのだが、どうしても対処しきれない問題が表れ、その問題が警備隊への疑問へと繋がる。 つまり、警備隊の実力への疑問である。 最近、警備隊への支持率の低下が激しい。それに対処するために、今、大隊長であるベールギュントがある命令を出した。 それが、剣術大会で優勝しろという命令であった。 大隊長は、呼び出した三人に背を向けたまま説明を続ける。 「ヘルシンキ、ナロ、ディリーク、お前たちの実力はわが隊でも指折りの精鋭だ。だが、それでも国民中が知るほどの名声はない」 実は三人とも、隊長格といっても警備隊に入って数年足らずである。彼らがここまで出世できたのは彼らの持つ実力なのだが、その実力のほとんどは魔物退治や盗賊退治などでの評価であり、国民の関心の強い大会での成績はそれほど残していないのだ。 それは警備隊が実力を誇示するよりも国民の安全を守るという組織だから当然の話だが、それが今回裏目に出た。 「最近、ギルド勤めの冒険者の大会での成績が高く評価され、逆に警備隊の実力を問う声が溢れており、人気が高まっている。そのため、警備隊よりもギルドのほうが信用できるのではないかと吹聴されるようになった」 「ギルド勤めの冒険者……でござるか」 ヘルシンキはそう呟きながらも、最近水色の塔を攻略した少女の姿を脳裏に浮かべる。 「あぁ、そうだ。そのため、俺はお前たちに剣術大会で優勝して、警備隊の支持率を高めてもらう任務に当たってもらうようにした」 「あの、質問いいっすか?」 黙って話を聞いていたディリークが嫌そうな顔で手をあげる。 「他の隊長たちは参加しないんですか?」 「ウェゼリーは現在、王都に行っている。大会のころはまだ向こうだろう。ダッツは精神的に未熟だ。大会でいい成績を残せたら天狗になるだろう。また、逆の場合は立ち直るのに時間がかかる。そして――」 ベールギュントが言った後、それをナロが引き継ぐ。 「クレエステル隊長の場合は論外でしょう。隊長が出場するのなら、逆に支持率が低下しかねませんからね」 「……まぁ、そういうわけだ。なお、今回の大会で優勝できたものには、警備隊で勲章を与えることになった」 「それって、つまりは給料アップということですか?」 「あぁ、そうとってもらってもかまわない」 ベールギュントは急に話にくいついたディリークに苦笑しながらも、頷いて答えた。 「給料はともかく、勲章は持っていても悪くありませんね」 ナロが不敵な笑みを浮かべて言った。 「それでは解散する。なお、三名にはこれから修行期間として全ての任務から解放する。各々、訓練に励むように」 次の日。訓練用に大隊長が用意した練兵場にナロとヘルシンキがいた。 「しかし、ここまで用意しているとは。大隊長はよほどこの大会を重要視しているわけですね」 「うむ。拙者も、練兵場の貸切は初めてでござるよ。それにしても、ディリーク殿は遅いでござるな」 「きっと、サボりでしょう。それより、ヘルシンキ隊長。どうです? まずは試合形式で練習でもしませんか?」 そう言って、ナロは二本の木刀のうちの一本をヘルシンキに向けた。 「いいでござるよ」 ヘルシンキが了承するとナロは彼に向けていた木刀を投げた。ヘルシンキはそれを右手で捕り、両手で持って構える。 「では、試合形式で行きましょう。僕がコインを投げますから、それが落ちた時がスタートの合図でいいですか?」 「いいでござる」 ナロはポケットから一枚の硬貨を取り出す。指先で弾くと、コインは二人の間をゆっくりと舞い上がった。 と同時に、ナロも剣を構える。 二人の目つきが変わった。 コインが二人の間をゆっくりと落ちて行き、そして…… 「………………」 「………………」 観客の歓声もないまま、静かにその試合は始まった。 「……やってるな」 練兵場の隅に隠れるように、声援をあげないその観客は呟いた。 ディリークである。 彼が見ている二人の試合は、練習とは思えない凄さがあった。ナロの基本スタイルは突きである。彼はレイピアを得意とし、そのための技術を極めている。魔物相手の戦闘よりも、どちらかといえば人間同士の試合に重宝されるこの剣術相手は正直苦戦を強いられるだろう。だが、それでもレイピアしか使わないからこそナロには弱点も生まれやすい。それよりも、突きや斬り、払いといった剣技を使い分けるヘルシンキのほうが一歩上を歩いている感じがする。 今、ヘルシンキの振り下ろした木刀が、ナロの木刀を叩き落した。勝負アリである。 「なるほど。厄介なのはヘルか」 ディリークはほくそ笑むと、観客席から姿を消した。 「くっ、悔しいが、今回は僕の負けだ」 ナロは地面に倒れて言う。木刀を急いで拾おうとした隙をヘルシンキにつかれ、足を強打されたのだ。その時点で、勝負はもうついた。 本来なら木刀を落とされた時点でナロの負けなのだろうが、ナロはそれを認めようとしなかったため、ヘルシンキは仕方なく、だが遠慮せずにナロにとどめをさしたのだ。下手に手加減すれば、それはナロのプライドを侮辱することを知っているからだ。 そのヘルシンキの思いをナロも受け取り、彼は素直に負けを認めた。 「いやいや、ナロ殿の技、木刀では少々不利でござろう。もしも、拙者達が自分の武器で戦いあってたらどうなっていたかわからないでござるよ」 肩で息を切らしながら、ヘルシンキは落ちていた木刀を拾い、ナロに渡す。 ナロはそれを地面に突き、支えにして立ち上がった。 ヘルシンキはそのナロを見て、ある確信を得ていた。 かつて、ナロはヘルシンキに対して対抗意識とともに敵愾心を持っていた。それは、一時大きな溝となっていたが、ナロとヘルシンキがそれぞれの警備隊の隊員とともに戦ったことがある。その時の勝負はヘルシンキの勝ちに終わった。 あの日から、ナロはヘルシンキに対して対抗意識をさらに膨らませたようだが、逆に敵愾心はほぼなくなっていた。 「ヘルシンキ隊長。僕はあなたが嫌いだ。もっとも、練習相手としては最高だと思う」 ナロはもっとも、素直にはなれずそんな言葉を告げ、 「もう少し付き合ってもらえますか?」 「もちろん。拙者からもお願いするでござるよ」 二人の試合はさらに続こうとしていた。その時であった。 「おう、やってるか?」 ディリークが笑みを浮かべ、手を振りながら歩いてきた。 「どうしたんですか? ディリーク隊長。てっきり、体の調子が悪くて休んでいるものだと思ってましたよ」 ナロは、表立っては出さないものの不機嫌な様子でディリークに言う。 「いや、ちょっとな。ヘルシンキ隊長殿とお手合わせしたくってね」 ディリークの笑みがいっそう強くなる。それが、ナロの癪に障った。 「残念だが、ヘルシンキ隊長は、僕と練習をしている。他を当たってくれ」 「ナロ。お前ともあろう者がヘルの助けを借りないと練習できないのか?」 それは、ナロのプライドを傷つけるには充分すぎるほどの台詞であった。 「そんなことは無い。僕はただ、練習の効率を考えてヘルシンキ隊長の力を借りているだけだ。そういうディリーク隊長こそ、一人じゃ練習もできないのか?」 「あぁ。そうだよ。残念ながら、俺はお前らよりも剣術の腕では劣るからな。強い指導者が必要なのさ」 ディリークが笑みを全く崩さずに答える。ここまで、全てディリークの思惑通りにことが運んでいた。そこまで下手に出られたら、ナロはこれ以上二人の練習を止める理由をつけることができなくなってしまう。 「ということで、ヘル。いっちょ頼むよ」 ディリークは木刀を軽く振り、ヘルシンキに向かって頼んだ。 「仕方ないでござるな」 ディリークの企みを、ナロは勘付いていた。ヘルシンキと練習することにより、彼の手の内を探る。だからこそ、ディリークは本気を出さず、かといって手を抜かない防御を繰り返す。ディリークはそうして、強敵であるヘルシンキの弱点を探ろうとしていたのだ。 それと同時に、ナロには一つ気に食わないことがあった。ディリークがナロよりもヘルシンキを対戦相手に選ぶということは、おそらくディリークはナロをヘルシンキよりも格下と見ている。いや、下手をすれば、ディリークはナロを倒す算段がすでについていると見てもいい。 ナロはそれに対してディリークに怒りの眼差しを向けていた。だが―― (さきほどからの心のもやもやは、果たしてそれだけが理由なのだろうか) もっと、根底から何かがひっくり返されたような。かつてヘルシンキに覚えた対抗心とは全く異なる、重く苦しい気持ちがナロの心の中を支配していた。 一時間ほどの訓練の後、ヘルシンキとディリークの訓練は休憩を迎えた。 「ヘルシンキ隊長。次は僕とお願いします」 「わかったでござる」 肩で息をしながら、ヘルシンキはその申し出を快く引き受けた。 「おいおい、ヘル。大丈夫かよ」 「平気でござるよ。それに、ディリーク殿だけ相手して、ナロ殿の練習相手にならないのは不公平でござろう」 ヘルシンキはディリークに軽い笑みをこぼしながら言う。だが、ディリークには、その表情がどこか辛いように見えた。 「あまり無理するなよ」 ディリークは、ナロとヘルシンキの練習を黙ってみていた。先ほどヘルシンキの相手を続けていたからこそ、ディリークにはわかる。ヘルシンキの動きが明らかに鈍くなっていた。ナロの突きにも防戦一方である。 (だから言ったんだ。ヘルの体力はほぼ限界まで来てるって言うのに) だが、ディリークの違和感は別にあった。ナロだ。 ナロは、悔しいがディリークよりも剣術の腕も経験もはるかに勝る。そのナロが、ヘルシンキの異常に気付かないはずがない。 (何をムキになってやがるんだ、ナロのやつ) ヘルシンキを練習で潰して試合に出させないつもりかとも考えた。 (ナロは、体の半分が誇りでできているような奴だ。それは無いか) おそらく、そんなことをするのなら、彼は試合で負けることを望むだろう。 それを考えると、ディリークは自分がひどく惨めに見えてきた。 (給料のためとはいえ、ヘルにかなり無理な練習をさせちまったからな) ディリークが胸中で反省したときだった。 「ヘルっ!」 ディリークは思わず叫んでいた。 「どうしたんですか? ヘルシンキ隊長。まだ、ディリーク隊長の三分の一も試合をしていませんよ」 ナロがヘルシンキに問いかけるが、ヘルシンキは黙ったままであった。大地に伏せて倒れている。起き上がろうともしない。いや、それどころか微動だにしなかった。 「おい、ナロ。やめろっ!」 「ディリーク隊長は邪魔しないでください。今は僕の練習の時間です」 「お前、本気で言ってるのか? ヘルはもう限界だ。医務室に運ぶぞ」 そう言って、ディリークは背後のヘルシンキをかかえ上げようとした。そのときだった。 ディリークの首元に剣がつきつけられる。練習用の木刀ではない。ナロが普段から腰に携えているレイピアである。 「これ以上、僕の邪魔をしないでください」 「ナロ。お前、自分が何を言っているのかわかってるのか?」 肩にヘルシンキの脇を乗せながら、ディリークが言う。 ナロはしばらく止まった後、レイピアをおろし、 「冗談です。医務室に運びましょう」 「冗談にしては笑えないな」 ディリークが言うが、ナロはそれには取り合わず、ディリークの反対側からヘルシンキを抱え上げた。 医者の話によると、やはり、ヘルシンキが倒れたのは極度の体力の消耗。あと、軽い脱水症状が原因だそうだ。 しばらくして、ナロとディリークが見守る中、ヘルシンキは目を覚ました。 「どうして、あんな無茶をした」 起き上がったヘルシンキに、ディリークが問いかける。 「すまないでござる」 ヘルシンキは一言謝り、頭を下げた。 「理由になってないぞ」 「……少し恥ずかしいでござるが。ディリーク殿もナロ殿も大切な仲間でござるからな。どちらにも強くなっていただきたかった。それだけでござるよ」 ヘルシンキが言う。その言葉に、嫌味も皮肉も何もこめられていない。微塵も嘘が入っていない。そのことにナロもディリークも気付いた。 と同時に、ある心境の変化が訪れる。 「ヘル。お前は今日はゆっくり休め」 「そうですよ。ヘルシンキ隊長。今日は僕たちの練習も終わりましたから。ゆっくりと休んでください」 二人は笑顔でそう述べると、その場を立ち去った。 そして、二人は廊下で話していた。 「ナロ、あんまりヘルに迷惑かけるなよ」 「それはこっちの台詞ですよ。ディリーク隊長。あなたが一番弱いんですから。ヘルシンキ隊長に迷惑をかけたら許しませんからね」 彼らは一つの決意をした。 強くなる。 それが、倒れたヘルシンキの望みであり、自分たちにできる最良のことなのだと知った。 「さっき、隊長から聞いたんだが、剣術大会、ダッツやクレさんも出るらしい」 「そうですか。そうなると、ヘルシンキ隊長の心労もさらに増えるでしょうね」 「あぁ。だが、ヘルがあの調子だと、これ以上、疲労の限界が突破したら、下手すれば命に関わるぞ」 ディリークが呟く。 「ヘルシンキ隊長を信じましょう。僕たちにできるのはそれだけです」 ナロが言うと、ディリークは笑顔で頷いた。 「あぁ。ヘルのことだから、きっと大丈夫だろうな」 ディリークはナロの肩を叩いて頷いた。 剣術大会まで時間はまだまだ残されている。 この間に、ヘルシンキに何が待ち受けているのであろうか? 続きは、2009年3月下旬に犬と猫から発売予定のソフト。 限界突破 〜戦いは終わらない〜 で楽しんでください。 公式ホームページ:http://inutoneko.jp/bijyutukan/sekai/game/lb/lb_top.html |