預金をしたり麻雀牌を作ったり料理をしたり等などエトセトラ。
 ティコはついにラヴピースを手に入れた。
「うふふ。クリックには手をかけた甲斐があるわね。どんなに細やかに面倒みてあげてもガラクタしか作れないどこかの馬鹿弟子とは大違いだわ」
「細やかに面倒みてもらったという部分はともかく、ガラクタしか作れないのは言い返せないですじゃ……」
 口の端をあげてにんまりと笑う師をみながら、どこかの馬鹿弟子はため息をついた。
「さっそく何かと合成してみようかしら。気が散るから、ルヴェル君は向こうに行っていなさい」
「では、ホウキ兎の世話をしてきますじゃ」
「そうね。また大会の景品でもらったし、しっかり世話をしておきなさい」
 視界からいなくなる弟子を確認してから、ティコはもう一度ラヴピースを見た。
「合成するためにはかなりの商品が必要ね。ラヴピースの力が凄すぎるわ。何かまとまったものあったかしらね」
 ティコは倉庫へ行った。今まとまって用意してある商品はイシュワルドレタスしかなかった。ティコは少し考えた。こんな、対して売れもしないし新たな加工もできやしないもので試すのはどうだろう?
 しかし、何よりも、錬金術師として、いますぐ試してみたい。ラヴピースが欲しくなったら、クリックを脅すなり何なりしてまた手に入れれば良い。
 ティコは決めた。
 これを合成してみよう。
 ティコはラヴピースをレタスの前に置いた。
 レタスがラヴピースに集まり始めてくる。いよいよラヴピースの実力が分かる。
「行くわ──」
「よし、一つずつじゃぞ! さあ、この加工もできない在庫を処理してしまうんじゃ!」
 ルヴェルの声がきこえ、ティコの目の前にホウキ兎の群れが迫ってきた。一直線に進むそれらをみて、反射的にティコは避けた
 ラヴピースの前まで近づいた瞬間、ホウキ兎の群れが光った。
 倉庫部屋中を包む光。ティコもルヴェルも目を閉じた。
 すぐに光はおさまった。
 しかし、ティコの目に映る部屋の様子は大きく異なっていた。
 何しろ、山となって積み上げられていたレタスがなくなっている。それらがあった場所には、ただホウキ兎が一羽いるのみである。
 ティコは弟子に聞いた。
「ホウキ兎は何羽いたのかしら?」
「……百羽ですじゃ」
 レタスが百個。ホウキ兎が百羽。
 現在は緑がかったホウキ兎が一羽。
 つまり。
「ラヴピースとレタスの合成と一緒に、ホウキ兎も合成されてしまったということね」
 それに気づいたティコは弟子をみた。
「ルヴェル君、よくも私の邪魔をしてくれたわね……! まだ朝だけど、お仕置きの時間よ……」
 ティコの周りの空気が変化した。
 慣れてはいるが、決して慣れたくないし、慣れる状況にも陥りたくはないこの空気。それを感じたルヴェルは頭で何か考える間もなく、とにかく反射的に土下座をした。膝が勢いよく床に擦れたためやや痛い。
「申し訳ありませんですじゃ! って、あぁ、師匠の迫力に怯えてレタスラヴピースホウキ兎が逃げていきますじゃ!」
「全部いわなくていいわよ! そんなもの後でルヴェル君が探しにいけばいいのよ! さあ、まずはルヴェル君が兎代わりよ!」

 悲鳴が響きわたった。
 近所では極めていつも通りのその悲鳴が。


 そんな騒動を知りもせず、シオとフィルはアイテムの山を抱えていた。二人はティコからそれぞれ探索の依頼を受けていたのだが、方向が同じだったため、一緒に帰ることにしたのだ。
 アイテムの山はとても重いが、もうすぐだ。あと少しあるけばすぐに店が見えてくる。
 シオは明るい声で言った。
「アルハン山地の探索。今回はすっごくたくさんとれたね! 軽く三ケタ!」
「うん。俺は茸だけど、シオは凄いよね。ワイバーンの羽なんて……」
 シオの依頼料と自分の依頼料の差を思い出し、フィルはため息をついた。やっぱりシオと比べて自分はまだまだだ。せっかくシオと一緒にいられるという幸運な出来事が今起こっているのに、後ろ向きな思いが頭の中をぐるぐると回っていた。
 そんな思いに気づいていないらしい。シオは笑顔でフィルを見た。
「何言ってるの、フィル君。アルハン茸は加工すると凄く売れるんでしょ。料理にするとすごくおいしいしさ。茸も良いアイテムだよ!」
 その言葉のやさしさにかえってへこむ。
「うーん……ってあれ?」
 叫び声が聞こえる。
 二人ともよく見知っている彼の叫び声が。
「……今はお取り込み中かな」
 フィルの言葉にシオは何回か首を縦に振った。
「そ、そうみたいっ。ちょっと時間潰しにいかなきゃねっ」
 市場で何か食べようか。そう決めて、市場へ出向くために反対側を向こうとしたその時。
「あれ?」
「今度は何なの? フィル君」
 ティコの家の方向から、小さくて柔らかそうなものが走ってくる。どことなく緑色がかっている。猫じゃらしやトウモロコシの穂先のようなものが突き出ている。
「何だろ?」
 首をひねるフィルの横でシオが言った。
「あれ? ティコさんの店のホウキ兎に似ているね!」
「よ、よく分かるね。シオ……」
「可愛いからよく見せてもらってるんだ。えーい、捕まえちゃえ!」
 シオは走ってきたホウキ兎に手を伸ばした。
「わー、フィル君! 柔らかくて気持ちいいよ!」
 おとなしくシオの腕の中にもぐり込むホウキ兎。
 少し羨ましく思いつつ、ホウキ兎に対してこんなこと思ってもと思いつつ、フィルは言った。
「……走ってきたわりに意外におとなしいんだね」
「うん。でも、どうかしたのかな? 鼻をひくひくさせているよ」
「茸に興味あるのかな。そっち向いているし」
 フィルの言葉を受けて、シオは茸の前にホウキ兎を下ろしてみた。ホウキ兎は茸とワイバーンの羽の間に入った。
「羽が気になったのかな?」
 そして──
 何の前触れもなく突如光が溢れた。
「え──!」
 シオとフィルは驚いて目を瞑った。

 光が消えると茸が消えていた。羽もなくなっている。
「え? どういうこと?」
 唖然とした二人をよそに、ホウキ兎は走り始めた。どことなく緑っぽく、ふわふわとして、なおかつカビっぽい臭いを漂わせながら。



 宿屋海猫亭。
 その入り口にはシバとイヴが立っていた。だが、二人の間を様々なものが遮っていた。
 入り口のしきい近くまで積まれたガラクタと、その横に積まれている残飯だ。
 それを挟み、二人は互いを睨んでいた。
 イヴはシバに聞いた。
「……ねぇ、何で海猫亭の前にガラクタをおくの?」
「そりゃあ押しつけたいからだよ」
 その返答は彼女のお気に召さないものであった。
「何それ! ウチの宿屋を何だと思ってるの! 営業妨害よ!」
「だったら、お前の横にあるその残飯は何なんだ?」
「ママが捨てて来いっていったのよ。何だか最近食堂をどうにかしようとしているみたいで、ゴミがやたらと出るのよね。だからそこにいるついでにシバに捨ててもらおうかと」
 その返答は彼のお気に召さないものであった。
「何で俺なんだよ!」
「だって便利屋でしょ。そりゃまあ、シバはヴェルっちょに並ぶくらいに全然タイプじゃないけど、この伝説的美少女のイヴちゃんがデート一回でチャラにしてあげるからちょーお得!」
「金だせ金!」
 言い合いをする二人の鼻に、ぷんとカビくさい風が届いた。シバは眉をひそめ、イヴは手を鼻の前でひらひらと振った。
「何? このガラクタ臭うの? マジ最悪なんだけど」
「臭うならむしろ残飯だろ」
 互いに言いながら、臭いの諸元の方向を見た。小さくて動くものがいる。
「……ホウキ兎?」
「にしては、緑がかって、ふわふわしてるわね。何か愛嬌ある顔はしてるけど、雑種?」
 ホウキ兎は宿屋の入り口に寄ってきた。鼻にくる臭いがやや強くなった。
「ヤだ。この兎体洗ってないんじゃない? 臭いんだけど」
 イヴがその言葉を言った途端、ホウキ兎は勢いよく走り出した。イヴとシバの間へ向かって。
「おい、お前が臭いって言うからホウキ兎怒ったんじゃないのか?」
「えー、イヴが悪いんじゃないわよ!」
 騒ぎ始めた二人をよそに、ホウキ兎はガラクタと残飯にすり寄り、また光り始めた。
「きゃー!」
 目を開けていられない程の光がガラクタと残飯の間から発せられた。身の安全等と考えるヒマもなく、とにかく反射的にイヴは目を閉じた。

 イヴは目を開いた。まだ目の周りに光が漂っているような気がする。そしてサングラスをしたシバが立っていた。
「え? いつのまにそんなものつけてんの!?」
「準備は万端に。それが商売の鉄則だぜ。詳しくはシバの日記56ページを参照しろ」
「参照しないわよ! っていうか、そんなヒマなかったじゃない!」
 イヴの抗議に、シバは大げさに手を広げ、肩をすくめた。その行動にイヴの声はますます尖っていく。
「それよりも、喜べよ。ガラクタと残飯がなくなったぜ」
「え? どういうこと?」
 言われてみて、イヴは自分とシバの間に積み上げられていたのがなくなったことに初めて気がついた。道理で抗議やしやすかったわけねと、妙なところで納得した。
「さあな。ホウキ兎が吸い取ったんじゃないのか?」
「マジ?」
「まあ、金もかからず手間が省けたということで解決だな。じゃあな」
 シバは手を軽くあげてその場を去った。
「……って、アンタマジでガラクタ押しつけに来ただけなのね!」
 後ろ姿にその言葉を投げつけてから、あらためてイヴは考えた。
「あれ? 結局さっきのホウキ兎は?」

 海猫亭の入り口に佇んでいるのは、イヴだけであった。


 畑には野菜が色鮮やかに実っていた。その横で、バスケットを持ったヤヨイは微笑んだ。
「このバスケットの中身はここでとれた野菜ッス! 美味しい料理をごちそうするッスよ! クリック君!」
「……さすがに食べれきれない気がしますわ」
「何か言ったッスか? クリック君」
 聞いていなかったらしいヤヨイに、クリックは首を振った。可愛いヤヨイが自分のために手料理を作ってくれる。ここでワガママは言えない。相手はヤヨイだから。
「たまに虫や動物も食べに来るッス。安全ってことなんスけど、食べられすぎちゃこっちも困るんスよね。ほら、そこにも何かいるッス」
 ヤヨイが指をさした場所から、何かの小動物が飛び出てきた。
「あれ? 何スかね?」
 見たことのない緑がかった生き物がそこにいた。
 耳は長い。同じく長い尻尾は綿毛のようにふわふわしていると思いきや、鳥のようななめらかな羽も生えている。カビを思い出させるツンとした臭いに加えて、甘さと辛さとしょっぱさとすっぱさを混ぜ合わせたような、あまり食事の時にはかぎたくないような鼻につく臭いもする。
 そして、ガラクタ以外何ともいえないようなよく分からないものを被っている。
「ごみ捨て場に突っ込んだ兎ッスか?」
 ヤヨイは首を傾げた。クリックはそれに近づいた。
「いえ、これは──」
「やっと見つけたぞ! さあ、お前も観念して女王様と生贄の兎ごっこを、師匠と朝っぽらからやればいいんじゃホウキ兎!」
 突如現れたのは、クリックの兄であるルヴェルだった。
 クリックを押し退け、ホウキ兎をすばやく捕まえた。軽くよろめきながらも、クリックは頷いた。
「ああ、やっぱり色々なものを合成されたホウキ兎だったんですね」
「ん? ああ、クリックこんなところにいたのか。全く、お前のせいで朝からワシがどれだけ苦労したかと思っているんじゃ」
「ボクの責任はラヴピースを作るまでですわ。そんな全ての責任負っていたら、落ち着いてヤヨイちゃんとデートも出来ませんわ」
 弟のその言葉で、ホウキ兎と師匠の存在以外に何も見えてなかったルヴェルはやっと気づいた。愛しい愛しいヤヨイがすぐ側にいることを。
「ああ! ヤヨイちゃん! こんなところで会うなんて運命じゃ!」
「ここは近所の畑ッス! ルヴェルがいる方がおかしいッス! どこか行けッス!」
「うう、ヤヨイちゃん酷いですじゃ……」
 クリックの後ろから叫んだヤヨイの言葉にルヴェルは落ち込んだ。だが、すぐに師への恐怖を思い出し、弟に言った。
「クリック。お前はここからラヴピースを戻す方法はわかっておるのか?」
「まあ、できないことはないですわ。でも、いいんですか?」
「悪いわけがないじゃろう。このホウキ兎のせいでラヴピースがなくなったと師匠は朝からワシに当たり散らしたんじゃ。これでラヴピースを持って帰らなかったら一晩中ワシが生贄の兎じゃ!」
 全く余裕のないその目をみて、クリックはため息をついた。ラヴピースを完成させるまでの間、この兄にも一応世話になった。
 それから……、これで苦手な野菜料理を食べなくてすむ。
「……しょうがないですわ。ヤヨイちゃんゴメンなさい。ティコさんのところへ行かなくてはいけない用事ができました」




 兄弟とホウキ兎はティコの元へと行った。
とにかく広い場所が必要というクリックの言葉で、ラヴピースを戻す作業は倉庫で行われることになった。
 魔法陣を描いた床に、ホウキ兎を座らせた。聖水をかけ、粉末をかける。ホウキ兎は当然の如く嫌がったが、クリックはかまわず片手で捕まえた。利き手には小さいビンを持っている。
「この薬をかければ、元に戻りますわ。ティコさん、本当に構わないですよね?」
「とっととして。私はまた合成してみたいんだから」
 椅子に座って様子をみているティコは、不機嫌そうに言った。後ろでルヴェルが彼女の肩を揉んでいる。
「では、ちょちょいのちょいな!」
 その言葉で白い煙が部屋中に満ちあふれた。視界がふさがってしまうほどの勢いだ。
「ぎゃー!」
 ルヴェルの叫び声が聞こえた。何か柔らかそうな集団が動き回っている音もする。地震のように激しい音がする。クリックの足元には、水っぽいボールのようなものが転がり始めた。手さぐりで、クリックはそれを確かめた。
「レタスですか」
「ぎゃー!」
 逃げるルヴェルはガラクタにぶつかってまた悲鳴をあげていた。何かがつぶれた音もする。
 柔らかそうな集団にぶつかって、ティコは部屋の隅に追いやられた。すぐ側にレタスを持ったクリックがいることに気づき、彼女は声を荒らげた。
「何よ! これは!」
「ホウキ兎百羽と、それに合成されたレタスとアルハン茸とワイバーンの羽とガラクタと残飯ですわ。最初に生き物で合成してしまったから、思ってもいない展開になってしまいましたけど。ほら、だからボクも構わないのかと確認したわけで」
「こんな状態になるってわかってたら、もっと場所を考えてやるわよ! ルヴェル君の部屋とか!」
「それも酷いですじゃ師匠ー!」



 その後、魔法で全てを蹴散らしたティコによる、女王様と生贄の兎ごっこ(豪華兄弟版)が行われ、悲鳴はいつもよりもやや騒がしかったとか、騒がしくなかったとか言われたが、それはまた別の話である。