料理はとても楽しい。自分の作った野菜が、もっと魅力的なものになっていくからだ。好きな人のために作るものなら尚更だ。 この日のためにと家で何回も練習した秘密の料理は、ここでもちゃんと上手に出来た。ひょっとしたらいつもよりも美味しいものが出来たかもしれない。バランスを考えながら行った盛り付けのおかげで、皿の上にある料理はいつもよりも輝いて見えた。 そこに大好きな彼がいるから。 それが何よりの上達の印だと思う。 ……しかし。 幸せに感じながら作った自慢の料理が、大分時間は過ぎたのに、まだ皿の上に残っている。 「どうしたッスか? 美味しくないッスか?」 「いえ〜……、美味しいんですけど……」 ためらいながら。かなりためらいながら彼は言った。 「……もう食べられませんわ。ヤヨイちゃん」 −−−−−−−−−−− そんなことがあったらしい。 「そういうことで、料理研究をしようと思うのでフィル君も協力してくれないッスか?」 そう言われ、フィルはヤヨイの家へやって来た。 エプロンをつけたヤヨイは、調理できる準備を整えているようだった。 テーブルに、ヤヨイはお茶のカップを二つ、ぶつからないように気をつけながら置いた。 「テーブル、ごちゃごちゃしていて申し訳ないッス」 ヤヨイはごちゃごちゃと言っていたが、そんなことはない。テーブルの上にはたくさんの野菜が行儀良く並んでいる。イシュワルドニンジン、トッロコイモ、チカニラ──見たことのあるものからないものまで様々で、それらは色とりどりの宝石が散りばめられているかのように輝いていた。 「うちの畑で取れた野菜ッス」 「すごいね。さすがヤヨイちゃん。こんなに美味しそうな野菜があったらどんな料理もおいしくできるよ」 特に自慢するようでもないヤヨイだったが、フィルは素直に感動した。これらを使って料理が出来るなんて、料理好きとしては嬉しすぎる。 「でも、クリック君は野菜が苦手ッス。食も細いッス。ちょっとしか食べてもらえないッス…」 ヤヨイは顔を曇らせた。確かに、クリックの食生活は極めて悪い。 「そこで、料理が得意で男ゴコロが分かるフィル君に、クリック君がたくさん食べてくれるような料理を考えるのを手伝ってもらいたいッス!」 「うん! 俺で良ければいくらでも手伝うよ!」 食が細い野菜嫌いに食べさせるための野菜料理。今まで料理大会に出たこともあり、様々なテーマの料理を作ってきた。これも考えがいがありそうだ。フィルは胸が踊るのを感じた。 暖かいお茶を飲み干し、カップをテーブルに置いた。 テーブルの野菜をもう一度見た。 よし、頑張れるぞ。 「お茶ごちそうさま。そろそろやってみようか!」 二人は気合いを入れて作業に入ることにした。 まず、とにかく男ゴコロを掴むためのものということで、フィルが思いついたものを作ってみることにした。 トッロコイモを洗い、皮がついたままくし切りにし、水にさらした。 「イモって結構野菜が嫌いな人も食べられるんだよね」 「なるほどッス」 油を鍋に張りながら、ヤヨイは真剣に頷いた。本気だなと思いながら、フィルは作業を続けた。 そうして、揚がったフライドポテトは、皮はさっくり中はほっくり、まるでどこかの宣伝文句のようなものに仕上がった。まだ熱い内に軽く塩を振り、口に入れたらトッロコイモのうま味が広がった。これならいくらでも食べられそうだ。 「美味しいッス! さすがフィル君」 「あはは、それほどでも」 そのまま試作品を口にし続けた。だんだん少し口の中がしょっぱくなってきて、水が飲みたくなってきた。手もベトついてきたなと思い始めた時、ヤヨイがぽつりと言った。 「油っぽいので、健康には悪そうッスね……」 「うん、俺もちょっと思った」 「せっかく考えてくれたフィル君には申し訳ないッスが、他のものを考えてみたいと思うッス」 二人は気を取り直し、次の料理を考えることにした。 次は健康に良さそうなものをテーマにしてみる。トッロコイモとは違う路線の野菜を探してみた。 目に入ったのはムツの雪菜である。 「油っぽいものの次だし、さっぱりしたものを作ってみようよ」 「そうッスね」 小鍋に湯を張り、沸騰したところにそのままの雪菜を根本からさっと入れた。軽く湯がいて、きれいな緑色になったところで取り出した。アラ熱をとってから、醤油を少したらし、絞った。 一口大に切った雪菜を小鉢に盛り合わせると、ムツの雪菜お浸しの完成だ。 「この独特の味が美味しいッス」 「そうだね。でも……」 フィルの言葉にヤヨイは頷いた。あまりにも味が渋すぎる。料理好きで色々なものを試しているヤヨイとフィルだから美味しく食べられるが、クリックにこれは無理だ。 「次行こうか」 その次にフィルの目に留まったものは、深い緑色の野菜。チカニラだ。 緑黄色野菜。これも健康によい。 ふと、以前イヴの言っていた言葉を思い出した。 「チカニラ炒めは幅広い年齢層に人気だったはずだよ」 「そうッスか! やってみるッス」 ヤヨイは台所から中華鍋を取り出した。 ゴマ油を使い、豪快に炒めたチカニラ炒めは、これだけでご飯がいくらでも食べられそうだ。 「チカニラ炒めは美味しいね!」 「そうッスね。ただ、一つ気がかりなことがあるッスよ」 神妙な顔つきでヤヨイは言った。 いかにも野菜を使ったという料理では、クリックはためらってあまり食べてくれないのではないだろうかと。 「クリック君は自分が野菜を嫌いとはっきり自覚しているッス。こういう人には、野菜を使っているとはっきり思わせないものの方が良いかもしれないッス」 「確かに、そうかもしれないね。もっとじっくり考えた方が良いのかもしれない」 フィルとヤヨイはうなった。 そこから、いくつもの料理を作った。だが、どれもこれもピンとこない。 テーブルの上の野菜は減り、それに反比例して二人の胃はたまり始めていった。あれほど輝いて見えた野菜も少し色あせて見えてきた。焦りもたまり始めていった。 気分を変えるため、今まで使ってきた食器や調理用具を一旦片づけることにした。 「どうすれば良いッスかね……。クリック君が小さいころ食べた料理のようなものはないッスかね……」 「うーん」 ふと、クリックが幼少期の時を共に過ごした彼の兄のことを思い出した。 「そういえば、ルヴェルさんの好物は山さ──」 「ルヴェルのことは関係ないッス!」 「……ゴメンナサイ」 怒りをあまり直接受けたくなくて、フィルはテーブルをもう一回見た。 イシュワルドニンジン、トッロコイモの残りがやや無造作に置いてある。 その横には見慣れない小さなものがあった。今まで他の野菜に隠れていたため、あまり気にしていなかった。 「ヤヨイちゃん、これは何?」 「ああ、それは満腹の種って言うッス。満腹の人がもっと食べ物を食べたいときに使うものッス。いわゆる別腹ができる感じッスね。シオちゃんによくあげたッスよ」 「別腹かぁ」 この前、シオと一緒に行ったケーキ屋さんのことを思い出した。たくさん食べるシオにフィルは驚いた。その時、シオはこう言っていた。 甘い物は別腹だから、いくらでも食べられると。 ──と、頭に一つのアイディアが思いついた。 だが、しかし、これは……でも、やってみるべきか? 「……ヤヨイちゃん、ご飯まだ残ってるよね?」 「残ってるッスよ」 何げなく言ったヤヨイだったが、はっと息をのみ込んだ。 「もしかして、フィル君何か良いアイディアが浮かんだッスか?」 「うーん、良いか分からないだ。ひょっとしたら、どうしようもないものが出来るかもしれないし。でも、やってみる価値はあるとは思うんだ。ヤヨイちゃん次第なんだけど、いいかな? ヤヨイちゃん」 複雑そうな表情のフィルだったが、ヤヨイは頷いた。 「こうなったら、何でも試した方が良いと思うッス。フィル君の考えているものを作ってみるッス!」 「ありがとう。ヤヨイちゃん!」 フィルはすり鉢とすりこぎの場所をヤヨイに聞いた。 数日後、フィルの住居にヤヨイがやって来た。 片手に持つ籠の中には見たことのない恐らく果物がたくさん入っている。 あの料理がどうだったのか、ヤヨイの表情を見れば分かる。彼女の顔は満面の笑みで埋めつくされている。 「クリック君とてもたくさん食べてくれたッス! さすがフィル君ッスね!」 「ああ、うん……。あんなので良ければ……」 あの料理。 それは子供が大好きトッロコカレーだ。しかし、ただのカレーではなかった。 隠し味に満腹の種を粉状にしたものを入れた。これで、別腹ができ、いくらでも食べることができるようになる。 種の味をごまかすためにカレーにしたが、思った通りに子供舌のクリックにはちょうど良かったようだ。 これを思いつき、実行に移すまでには葛藤はあった。 偏食家が好きなものなら、こんなことをしなくても作れると思った。事実、クリックはヤヨイの料理は美味しいと言っているのは聞いたことがある。 しかし、クリックは食が細い。ヤヨイはたくさん食べてもらいたがっている。今まで二人で作ってきた料理ではそれをクリアすることができなかったのだ。これならそれをどうにかできると思った。 何度思い出しても、あれで本当に良いのか疑問は残る。ただ、ヤヨイのこの嬉しそうな表情を見て思った。クリックがたくさん食べることができて、ヤヨイが喜んでくれたのだから、良いんじゃないだろうか。 フィルはそういうことで、無理やり完結することにした。 ヤヨイは果物の籠をフィルに渡した。 「これ、お礼ッス!」 「何これ?」 「みんなと仲良くなることができるスペシャル果物ッス! みんなとの友好度がアップするッスよ! フィル君には感謝もしようがないので、特盛ッス!」 「……ヤヨイちゃん、もはや何でもありだね」 色ツヤ良い美味しい野菜や果物。 しかし、それはその域を越えている。 こんなものが作れるなら、クリックが美味しいとたくさん食べるような野菜なり果物なり簡単に作れるのではないだろうか。 疑問に思ったフィルだったが、深いことを気にするのはやめ、スペシャル果物を口にした。 |