「臨時収入?」 「うん、ギルドのドブさらいしてたら高そうな細工のしてある金のロケット見つけちゃって」 イシュワルド。その街は今もっとも華やかな成長を続ける大都市だ。 綺麗な石畳の上で色とりどりの商品を並べる露店の呼子。果物のよしあしを見極めようとしている買い物客。いかにもといった薄汚れた鎧を身にまとう冒険者。 街を彩る人々は人種も格好も多種多様だ。移民船で今到着したのだろうか。疲れの見える旅装姿の少年がキョロキョロと辺りを見回している。 金色の髪と赤みがかった瞳を持つ少年はキョロキョロしすぎで目を回しかけている少年を見て思わず口を緩めた。まるで少し前の自分を見ているようだった。 「フィル、それで?」 金色の髪の少年、フィルは目の前の席で話の続きをうながす青年に慌てて顔を向けた。 銀色の髪のすらりとした青年の名はアイト。巨大な都市イシュワルドで本人は一切望まないにもかかわらず、高い知名度を誇る騎士見習いの青年だ。 たまたま昼時に出会った二人はアイトの勧めで通りに面したオープンカフェで昼食をとることにしたのだ。 端の席に座った二人だったが、ひそひそとした声と黄色い声が飛び交う。もっとも、視線の的のアイトは涼しい顔をしている。 アイトは頭が良くて剣の腕前もかなりのもので、さらに顔も良くて。天から何物も与えられまくっているのに性格もよいと言う、欠点という言葉にもっとも遠い所にいる好青年だ。 一時は、フィルが片思いしている少女との仲を疑ったこともあったが……。 しかし今は、フィルとって頼りになる友達の一人だ。アイトの方もしゃちほこばったり変な気を使う必要無く、気楽に付き合える友達が出来たことを喜んでいたようだった。 「あ、ごめん。それで、ギルドに届けておいたんだ。ギルドの仕事中だったし、意外に落し物を探して欲しい! っていう依頼ってギルドにくること多いし。あ、警備隊の方にも報告はしておいたんだけど」 フィルはそこまで言うとパンの間の滑り落ちそうになったトマトをパンごとパクリと口に入れた。 口の中でトマトの酸味が広がり、焼いてサクッとしたパンの香りが鼻をくすぐる。一緒にはさんでいたチーズは思った以上に分厚くて濃厚だ。 「持ち主が見つかって、それで謝礼?」 「うん。すごく喜んでた。たまたま見つけただけ出し、いらないって言ったんだけどどうしてもって」 持ち主は現役引退したでっぷりとした元商人で、落としたロケットの中には肖像をいれていたのだという。まだまだ駆け出しの若かった商人に、自分の事を忘れないでと恋人にもらったものらしい。 「まぁ、今はしわくちゃじゃが本物の方が何百倍も美人じゃぞ!」 などとノロケをかましてお金が詰まった袋を強引にフィルに押し付けたのだ。 「へぇ、そんなことがあったんだ。良かったじゃないか、フィル」 「断ったんだけど最後には脅されちゃったんだ」 「脅された?」 フィルの口から出た物騒な言葉にアイトは体を乗り出し、目を丸くした。 「口止め料だから、って。落としたことをばらされたら困るから」 「はは! なるほどね、そりゃそだろうな」 真相にほっとした表情を浮かべたアイトは薄いブルーの深皿に盛られた平べったいパスタをフォークでくるりとまいて口に入れる。飲み込んでからふと、そういえば、と首をかしげた。 「俺に相談がある、っていってなかったっけ?」 「うん。もらったお金なんだけど生活費とか貯金とか色々差し引いてもそこそこあってさ。それでそのぅ……」 「シオさんにプレゼントしたいな、とか」 「え、えぇ!? な、なんでわかったの!?」 ニッとアイトが子供っぽい笑顔を浮かべ、付け合せのアスパラを突き刺した状態で振る。 「まぁ、勘だよ」 それしかないだろう、という気持ちを微塵も顔に出さずアイトはさらりと言った。「それで、何を贈るんだ?」 「いやそれが……いざとなったら思い浮かばなくて。いつもシオにはお世話になってるから、その感謝に何か贈りたいんだけど……」 「うーん、なるほど。さりげないものの方がいいよなぁ」 うんうんとフィルはポテトサラダが詰まったサンドイッチをほおばりながらうなずいた。 シオはフィルと同じ移民船でイシュワルドに来た。青い髪と瞳の側にいるだけで元気がもらえるような――そんな女の子だ。 冒険者としても一流で、まだまだ駆け出しのフィルに冒険のコツや常識を教えてくれたりもする。 何よりはっきりと恋心を抱いている相手なのだ。 プレゼントを贈ったから両思いになれるとは純朴なフィルもさすがに思わない。 ただ、単純にシオの喜んだ顔を見たいのだ。 「月並みだけど花とかがいいんじゃないか?」 「それがその、花はこの間のシオの誕生日に贈ったんだ。それに普通の花だと枯れてしまうし」 「そういえばそうだな」 シオに贈ったのは花飾りに加工したアルペガントの花で、永遠に枯れることが無い。花言葉やらシンボルとしての花にもフィルにとって意味はとてつもなくあるが、もう一つ切実な理由があった。 フィル程度だと何日も家をあけることはないが、シオほどになると長期の冒険や依頼が舞い込むことがある。 鉢植えで育てなくてはならないものだと枯らしてしまう可能性がある。切花も同様だ。 「そっか、そうなると難しいな」 「うん……俺もいろんなものを考えてはいるんだけどなかなかこう、これだっ! ってものがなくて」 「そっか。確かにいざとなると難しいよな」 それからフィルもアイトも黙り込んで目の前の食べ物を口の中に運ぶことに専念した。 先に食べ終わったのはアイトだった。 「うーん、やっぱりいい物を思いつかないな。やっぱりこういうことは女の人に聞いた方がいいんじゃないかな」 「うん、そうだね。ごめん、アイト」 「いや、俺こそごめん、役に立てなくて」 言いつつアイトが立ち上がり、無造作に伝票を取る。 「あ! たまにはおごるよ。今日はほら懐があったかいし」 「いや、そうはいかない。これは……そう、口止め料だからな」 すこぶる真剣にアイトが言った。え? と思わず首をかしげたフィルにくっきりと眉と眉の間に縦のシワを刻みつけたアイトが口を開く。 「頼むからイヴには相談しないでくれ。絶対厄介な騒動になるからさ」 「……あ」 「まず間違いなく、何故自分にくれないかとダダをこねて、それでももらえないとなると俺に当たるに決まってる。目に浮かぶだろ」 「う、うん」 海猫亭は宿屋の食堂を改装したレストランでおにぎりから何故か武器まで手に入れることが出来る今話題の店だ。店主のイヴはオレンジがかった赤い髪と瞳の美少女だ。ただし、性格は少々(?)ワガママだ。 何故かフィルのことを気に入っていてやたらと絡まれる。フィルとしてはイヴのことは嫌いというわけでは無いが、シオに恋心を抱くフィルにとってイヴはちょっぴり悩みの種だ。 「そういうわけで口止め料だ。拒否は認めない」 「う、うん。わかった」 さすがにフィルもそういわれては引き下がるをえない。生真面目にうなずいたフィルにアイトはちょっとだけ笑ってぐっと拳を突き出す。 「健闘を祈るよ」 「あ、うん!」 同じように拳を突き出し、こつんと一瞬だけ合わせる。それからアイトは「じゃあ」と軽く片手を上げて支払いのために歩いて行ってしまった。 悔しいぐらいカッコイイ友達の姿をしばらく見つめていたフィルだったが、首をぷるぷると振って猛然と残りのサンドイッチを口にほおばった。 自分の気持ちを傷つけないようにそんな風に言ってくれた友人にいつか恩返しできればいいな、と思いながら。 「あら、フィル君? 今日は非番じゃなかったかしら?」 「何か忘れ物でも?」 「こんにちは、ウェゼリー隊長にリンテレットさん」 フィルは食事が終わった後、まっすぐ警備隊本部にやってきた。 ざわざわとした喧騒にいつも包まれた出入りの激しい本部は、しかし思ったとおりリンテレットがいた。 赤い髪のリンレテットは小柄で華奢な感じだが、くるくるととにかくよく動く。働き者、という言葉にふさわしい。 そんな彼女とフィルとは手作りお弁当というつながりでわりと仲がいいのだ。それはウェゼリーも同様だったが、隊長であり、その何処か神秘的で落ち着いた物腰のウェゼリーはなんとなく距離を置いてしまう。 「えっとその、今時間少しいいですか?」 「ええ、大丈夫だけど……今度の仕事の時間の変更とか?」 「あ、いえその、そういうことじゃなくて」 フィルは手短に以前、警備隊に報告した落し物の持ち主が見つかったこと、そして謝礼をもらったこと。詳しくシオのことは話さなかったがいつもお世話になっている人がいるので贈り物をしたい、ということを手早く伝えた。 「そういえばその、俺が謝礼とかもらってよかったんでしょうか」 「問題ないんじゃないかしら。ギルドの仕事中だったんでしょう? その人もギルドにきたわけだし、ギルドの依頼という形で見れば当然の報酬、ということじゃないかしら?」 「良かった、ちょっと心配だったので」 真面目な少年の素直さにリンレテットは複数名の某隊長の顔を思い出し、爪のアカをもらおうかと半ば真剣に思った。 「それにしても贈り物、ですか」 軽く固めた拳を唇の下に当ててウェゼリーは真剣に考え込んでいる。 「えっと、はい」 「相手の方の年齢にもよりますが、そうですね、普段その方が使ってらっしゃるものなどどうでしょうか?」 「普段使ってるもの、ですか」 普段使っているもの、といっても即座にフィルは保存食が浮かんだが、確かに役には立つがプレゼントとして贈るのはちょっと問題だろう。 「やっぱり好みはあるし……。好きな匂いとかわるのなら、バスソルトとかもいいかもしれないわね」 「バスソルト……ってなんですか?」 「簡単に言うと入浴剤ね。いろいろと種類があるし、すごく香りがいいのよ。ゆったりとした気分でお風呂には入れるから、体のコリもほぐれるし」 「ええ、体の芯から温まりますし、とてもリラックスできます」 そんなものもあるんだ、と思いながらフィルは女性の二人に相談したことが正解だと思った。やはり女性の意見は説得力がある。 「あ、でもその、その人、宿住まいなんです」 「それなら、そうね」 「無難なところで言えばハンカチなどもよろしいかもしれませんね。派手さはありませんが、実用的ですし」 「相手の人って男の人? 女の人? それによってもかわるんだけど」 「えっと」 どうしよう、とフィルはとっさに思った。この二人なら変な吹聴などしないだろうが……色々と詳しく聞かれそうではある。 「女だな!」 悩むフィルの考えを蹴り飛ばさんばかりで顔を突っ込んだのはディリークだった。 密かに不良隊長と名高いディリークは没個性的な警備隊でもピアスをつけていたりとしゃれっ気のある人間だが、彼女を万年募集中で彼女持ちの男に対してはやたらと敵対心を燃やしたりもする。 真面目な性格とは言いがたく、格闘していたらしい書類をほっぽりだしてフィル達の会話に耳を済ませていたらしい。 「え、えと」 「女の子にプレゼントだろ!」 間違いなく山勘であるがディリークはなおもキッパリと言い切った。違いますとも言いがたく、思わずフィルは口ごもった。 「へー、フィルってそういう相手いるんだ? 彼女? あ、その子に友達紹介してもらえない?」 何故かひょこっとダッツもやってきて紹介してもらえることをつゆとも疑わぬような機嫌のよさで言った。兄貴と慕うディリークのため、ダッツはよく合コンのセッティングをするのだ。 「おし、それだな。それで許してやる」 何故、と思わずフィルは言いかかったが、ディリークとダッツはすでに背中を向けて『合コン日程表』と表紙に書いてあるメモをのぞきこんでいた。フィルのことはお構いなしに「いつがあいてる?」とか「あ、その日は別の合コンいれてないか?」などと相談している。 「あれ、楽しそうだね。飲み会の相談とか?」 「ふむしかし、フィル殿がいるところ見ると違うようでござるが」 そこへ何故か、クレエステルとヘルシンキがやってくる。 主に事務整理を主体とする第5部隊隊長のクレエステルは見た目にたがわぬ温厚な性格の持ち主だった。なんとなく自分と似ているものがあるのでフィルにとっては親しみが持てる人物だったが、こんな状況で会いたくはなかったと冷や汗をたらしながら思った。 「むむ、顔色が悪いでござるな、フィル殿」 「えーと、いやその」 そして、止めと言うべきヘルシンキが心の底から顔色が悪くなったフィルの体を支える。 ヘルシンキは警備隊随一と言われる剣の腕と非常に真面目な性格を持っている。フィルの尊敬する人物ではあったが、朴訥とした性格ゆえにここでの話を何の悪気もなくシオにいう可能性がある。勘違いしてくれればまだしもだが、自分の気持ちがヘルシンキから伝わる可能性もある。それはいくらなんでも困る! とフィルは即座に思った。 「何ぺちゃくちゃドアの前で騒いでるんだ」 「あ……す、すみませんっ」 不機嫌そうな小柄な青年が鋭くそう言う。警備隊長の一人であるナロはきつい眼差しの怜悧な青年だ。 やや鬱屈した思いを抱えており、実兄が所属している騎士団を嫌悪し、ヘルシンキを好敵手としていずれ超えようと強さを追い求める。その言葉はほぼ常に毒かトゲが含まれており、フィルとしては苦手な相手だった。 「いったい何を騒いでいるんだ? もしかして、街中に魔物でも出たんじゃないんだろうな」 「いやさ、フィルが女の子にプレゼントするっつーんで俺等に相談しにきたんだよ」 「いやあのっ! ディリーク隊長には相談してませんし!」 「には、ってなんだ、には、って」 「……」 むっとしたらしいディリークがフィルをつかむ前に、ナロがずかずかとフィルに詰め寄る。 「あ、あの?」 「まさか、ユリユに、とか言うんじゃないだろうな?」 「え?」 真顔で詰め寄るナロの目は普段よりも険しく、その声は冷たい。慌ててフィルは首を横に何度も振った。 ユリユというのはナロの妹で同じく警備隊に所属している。もちろん、可愛いとは思うが、そういう目で見たことは一度も無い。 「違います!」 「ならどうでもいい。そこをどけ、僕はこれから巡回に出るんだ」 あっさりとそういうナロ。周囲の目が「シスコン?」と問いかけていたがあえて口にするものはいなかった。ただ一人を除いて。 「ナロ殿は本当にユリユ殿を大事に思っておられるのでござるな」 ニコニコと嬉しそうにヘルシンキはあっさりと全員が口に出さなかったことを言った。もっとも、ヘルシンキは純粋に兄妹仲がよいのだなぁと感心しているだけなのだが。 「……僕を挑発でもしたいのか」 「挑発でござるか? いや、拙者は単にそう思っただけでござるよ」 場に緊張が走る。逆鱗に触れたことがわかっていないらしく、不思議そうにヘルシンキはナロを見返した。 「いつもそうやって……だから僕は」 全員に緊張が走る。珍しくディリークの顔色が変わり、じりじりと気配を消してナロに近寄る。レイピアを抜く前に飛びかかる気なのだ。だが、そのディリークの行動は喜ぶべきことに不要となった。 「何を騒いでいる」 荒げているわけでも無いのに貫禄に満ち溢れた声。その場にいた全員の顔色が変わった。 「だ、大隊長……」 その場にいるだけで背筋が良くなりそうな圧倒的な雰囲気を持つ男、警備隊大隊長ベールギュントその人が扉を開け、入ってきたのだ。 具体的な話は聞いてはいないらしいが、大騒ぎをしていたので確認ためにやってきたのだろう。 ぐるりと見渡し、やや不快げな表情を浮かべる。それだけでも知る人にとってそれが危険信号であることは明々白日だった。 「何か緊急事態が起きたと言うのか」 「い、いえ。何も無いですっ。よし、ダッツ、書類整理しよう、なっ!?」 「りょ、了解です、兄貴!」 そそくさとディリークがダッツを引き連れまさしく尻尾を巻いて逃げ出す。 気がつけばクレエステルの姿も無い。 「ナロ、巡回はどうした」 声を荒げることは無い。だが、ナロは顔を青ざめさせたまま一礼すると小走りで出て行く。 「あ、あの」 ナロの背を見送るベールギュントにフィルは渾身の勇気を振り絞って声をかけた。柔弱と言う言葉と最も遠い男の眼差しを受け、フィルは思わず言葉を飲み込みかけたが、ぐっと腹に力を込めて「すみません、俺のせいです!」と大声で叫んで頭を深々と下げた。 「フィ、フィル殿」 「……ふむ?」 しばらくじっと頭を下げた少年を見つめていたベールギュントだったが、ぽんとその肩を叩いた。 「以後、気をつけるように」 「はっはいっ」 わずかにベールギュントがあごを引く。それ以上はフィルに何かを言うつもりは無いらしい。 「リンテレット。先ほど言った書類だが」 「はい、それならここに。遅くなって申し訳ありません」 「ヘルシンキ、ウェゼリー。防衛計画の意見を聞きたい。後ほど執務室に来るように」 「はい」 綺麗にヘルシンキとウェゼリーが返事をハモらせた。 ベールギュントはくるりと背を向け、スタスタと歩き出す。その後ろ姿を追う、リンテレットは一度だけ振り返り「ごめんなさい」と顔の近くで手を立て、声を出さずに謝った。 フィルは首をちょっとだけ振った。 「その、邪魔して本当にすみません。俺、行きますね」 「ごめんなさい、お役に立てなくて」 「むむ、拙者こそ邪魔をしたようで申し訳ないでござる」 「いえ、そんなことないです。それじゃあ」 ぺこっと頭を下げて、フィルは足早に警備隊を出た。いつの間にか西の空の太陽が街を茜色に染めつつある。 思わず目をこすったが、空の色はかわらない。それどころかますます鮮やかになっていくようだ。 建物の影に隠れようとする太陽にため息を吐き出し、フィルはがっくり肩を落とした。 「色々ありすぎて、頭が真っ白だよ……」 「贈り物?」 最後はやっぱりここしかないとフィルが来たのはティコ魔法堂だった。 店主のティコはカウンターでぐだーっとしており、フィルの話を聞く気はまったく無いらしい。 ティコは紫の髪の美しい女性だった。ただし、性格はかなり過激だ。しかも、レミュオールの魔女と恐れられるほどの実力の持ち主でもある。 無理難題を言いつけられたりもするが、本当に困ったときには助けてくれる、フィルとっては頼りになる人だ。 「むむ、贈り物、贈り物……」 積極的にフィルの相談を聞いているのはティコの下僕ことルヴェルだ。 性格は善人の部類に入るが、ヤヨイという少女に優しくしてもらったことが縁でストーカー行為を繰り返し行ったため、壮絶に嫌われている。 つまり、男女間の機微というものにもっとも縁遠い相手――贈り物の相談などしても役に立つような相手ではないのはフィルもわかっていたが、それ以外の人間をフィルは思いつけなかったのだ。 「と、とりあえず……これとかどうじゃ?」 言いながら指差したのは『人魚の贈り物』だった。イシュワルドの大海に美しく色付けをした人気ナンバーワンの商品だ。ただし、お土産商品として。 「あの、ルヴェルさん、さすがにそれはちょっと」 「人気のある商品なんじゃが……だめか」 ダメも何もイシュワルドに住んでいるのにイシュワルドのお土産をすすめられても困ると言うものだ。 それっきりルヴェルはうーうーとうなったきりだ。おそらく、ルヴェルからのアドバイスはこれ以上のものが出ないだろう。 困った。フィルはため息をついた。 他に相談できそうな人と言えばヤヨイの顔をが浮かぶが、フィルは首を横に振った。野菜とかそういうものを勧められそうだ。 クリックは使い方のよくわからない古代魔法学で出来たものを押し付けられそうだし。 そうだ、ミンティがいる! とフィルは思った。 緑の髪の少女は最近こちらにやってきた同郷の少女だ。彼女になら、と思った次の瞬間、手紙で家族にシオとの仲をばらされる可能性に思い至り、却下した。下手すれば故郷に恥ずかしくて帰れなくなるかもしれない。それは嫌だ。 「うぅ」 困った。かといって、自分ではいいものを思いつけない。シオはどうすれば喜んでくれるのか、という難問にフィルは顔を赤くするほどうなる。 「……んもぅ、うるさいわね……」 むっくりとカウンターの上でだらだらしていたティコがイライラした口調で体を起こした。 「あ、すみません!」 「まったく、贈り物ぐらい自分で考えなさい。フィル君、確かに助言もいいとは思うけど、決めるのは自分なんだから」 「はい……」 実にもっともな意見にフィルは体を小さくした。 「確かに相手が喜ぶものっていうのは大事だけどね? でも、感謝の気持ちを込めたものならどんなものでも喜んでもらえるものだわ」 「し、師匠がマトモな事を!?」 「……ルヴェル君、後でその発言について『じっくり』話し合いましょうね?」 「ひぃっ!?」 即座に思った事をついつい口に出してしまったルヴェルが後悔の念に全身を満たしながら壁にびたりと張り付いたままプルプルと震えた。 しかし、ティコはそれ以上、今はする気が無いようでなんともいえない表情でルヴェルを見つめるフィルに顔を向けた。 「そんなにシオちゃんに喜んでもらいたいなら、本人に聞いたら?」 「え?」 「日頃の感謝の気持ちを送るなら、それでいいじゃない。もちろん、内緒でプレゼントっていうのも嬉しいけれど、何が欲しいかはシオちゃん本人が一番良く知ってるはずでしょう。変なものをプレゼントされるよりマシだわ」 「え、え、でも」 「プレゼントと一緒に告白するわけじゃないんでしょ。なら別に肩肘張らなくていいじゃない」 フィルは顔を赤くしたまま口をパクパクしていたが、しかし、考えれば考えるほどそれもありかな、と思うようになった。 変に意識しすぎていて空回りしていたのかもしれない。 「とりあえず、明日にでも考えをまとめたらどうかしら? 急がないんでしょう?」 「はい、そうします。その……ありがとうごいます」 「別にいいわよ、このぐらい」 少しだけ口元を緩め、ティコはフィルからルヴェルに視線を移した。 「イヤじゃイヤじゃ……もぅもぅ、あんなのはイヤじゃああぁあぁぁぁあ……」 しゃがみこみブツブツと繰り返しつぶやくルヴェルを見て、ぽつりとティコは「昨日念入りにやりすぎたかしら?」とつぶやく。 それから、フィルに顔を向け、唐突に顔を輝かせる。 「そうね、今日はフィル君がいるんだわ」 「え?」 思わず逃げ腰になるフィルだったが目にも留まらぬ速さでティコが腕をつかむ。「じゃ、相談料いただこうかしら?」と朗らかに言った。 「ええええっ!?」 「今日はいたいけな少年と一緒に飲みたい気分なのよね。ふふ……」 「お、俺、まだ未成年だし……!」 「そうね、だから?」 燦然と輝く笑顔は全ての拒否を受け入れる気は無いと高らかに伝えていた。目が確実に獲物を捕らえた肉食動物の目だ。 「……行きます」 「じゃあ、行きましょうか?」 にこやかなティコに半ば引きずられるように店を出たフィルはふと大事な事を思い出した。 (酒場の支払い、まさか俺が払う事になるんじゃないよな……?) 「おっはよう、フィル君! ずいぶん早いね!」 「お、おはよう……」 フィルは力なく挨拶を返した。あれからティコに連れまわされ、否、振り回されて酒場をはしごしまくったのだ。さすがに酒は断固拒否したが、酒場に漂う匂いだけで酔っ払えそうだった。 開放されたのは朝日が出る頃で、ようやく寮に戻ったフィルは一睡もせずに朝風呂を浴びて今、ここにいる。 ちなみに支払いは全部ツケだった。ルヴェルには本当に申し訳ないが支払っていたら最初の一軒目でサイフは空になっていただろう。 「う、うん、実はシオに聞きたい事があって」 「聞きたい事?」 「う、うん」 ドキドキする胸を押さえ、フィルは意を決したように口を開いた。 「その、実は……」 フィルはドブさらいで拾った落し物のおかげで臨時収入を得たこと、それでいつもお世話になっているシオに何か贈りたいことを顔を赤くしながら伝えた。 「その、いつもシオにはお世話になってるし……」 「あはは、気を使いすぎだよ、フィル君。気持ちだけでじゅーぶん!」 カラッとした笑い声を響かせるシオ。曇りの無い笑顔を見ていると本気でそう思っているのがよくわかる。 「で、でも」 「あ! じゃあ、お願いしていい? 実はとある店で食事したいんだけど、一人じゃ寂しいなぁって思ってたの。一緒に行ってくれる?」 「え? シオが誘ってくれるなら喜んでいくけど、それだけでいいの?」 「うん!」 太陽のような明るい笑顔を浮かべるシオは大きくうなずいた。 「もちろん、プレゼントは嬉しいよ。でも、それと同じぐらい楽しい思い出が出来るのも嬉しいよ。楽しい思い出はお金じゃ買えないし」 「シオ……」 「それに、思い出は間違って壊しちゃう事も無いしね」 少しだけいたずらっぽくシオは言いながら笑った。 頬が赤くなる事を感じながら、フィルは手のひらに浮いた汗を無意識にズボンでこすった。 「で、でも、ほら、思い出って忘れちゃう事もあるし」 ああっなんてこと言うんだ、俺! と言い終わった瞬間にフィルは思った。だが、シオはちょっとだけ考えてニコッと笑う。 「じゃ、たくさん作ればいいんだよ! 忘れちゃう前に、ね?」 「う、うん!」 つられるように笑顔を浮かべながらフィルは力強くうなずいた。 「じゃ、善は急げだね! 早速そのお店行こうよ!」 よっぽどその店に行きたかったのだろうか、それとも別の理由があるのだろうか。シオはフィルの手首をつかんで走り出す。 フィルは半ばシオに引っ張られながらも心の底から幸せそうな笑顔を浮かべた。 やっぱり俺はシオが好きなんだ。そう、不思議とほのぼのとした気持ちで思いながら。 「……」 「うーん、美味しい! あ、これも美味しい! 全部美味しいね、フィル君」 「う、うん、美味しい……ね」 連れてこられた店はなんと、イシュワルドでも超高級と名高い名店中の名店だった。赤と金で外装内装を彩り、ずらりと並ぶ絵画やつぼは目がくらみそうなほど高価そうだった。 しかし、シオはまったく物怖じせずに何事かを店員に頼んでいた。しばらく話をしていたが、店員が「承りました」と頭をたれ、連れてこられたのが店の奥の個室だった。 そして、席に座るやいなや大量の美しく盛り付けされた皿が後から後からやってきた。 最初はまだ良かったが、それが十皿目、二十皿目、三十皿目と途切れることなく運ばれてくるのだ。ただでさえ徹夜した直後。疲れもある。 目の前が真っ暗に何度かなりかけたが、シオの輝かしい笑顔のおかげで何度か引き戻された。ただし、やっぱり限界は突入している。 「ね、ねぇ……シオ」 「うん? あ、この海老おっきくてプリップリだよ!」 ぱくっと幸せそうに大きな海老を口にほお張る。かなりの量を食べているはずだが、シオはいつまでたっても幸せそうだ。 「う、うん、そうだね。その、この料理ってけっこう出てくるけどいつになったら終わるの?」 「満漢全席っていって遠い国の宮廷料理なんだって。全部食べ終わるのに三日かかかるとかなんとか」 世界が止まった気がした。 「……三日?」 「うん、三日。嬉しいよね、三日も食べられるんだよ?」 「そぅ……そぅだね、アハハ……」 続けて入ってきた店員が三人がかりで持ってきた子豚の丸焼きを見てフィルは先の考える事をやめた。 一生忘れられないシオとの思い出が出来たんだから、と自分に言い聞かせながら。 |