「……遅いなぁ……」
 金色の髪と赤みがかった瞳を持つ少年は居心地悪そうにふわふわのソファに座ったままぽつりとつぶやいた。
 少年の名前はフィル。ギルドに登録した冒険者であり、最近、憧れの警備隊員になったばかり。もっとも、剣の腕はイマイチ――というか、まだまだ一般人に毛が生えた程度だ。
 そんな日々の中、ある日唐突にギルドの受付けをしているサラサに呼び出された。指定されたギルドの応接室は落ち着いた色合いの絨毯にどっしりとした机やらふっかふかのソファの置かれた豪華な部屋だった。
 外から差し込む煌く真昼の陽光は気持ちのいいものだったが、待ち時間が長引くにつれ、だんだんとフィルは不安になってきた。
(もしかして、警備隊とギルドの兼業がダメだって言われちゃうのかな……)
 フィルはいつも受付けにいるサラサの姿を思い浮かべる。
 背筋のピンッと伸ばして歩く姿を見るに付け、ギルドの受付けではなければ気弱な自分では話しかけることすら思いつかないだろう。
(でも、何で俺なんだろう。それこそ、シオやアイトだっているのに?)
 謙遜でもなんでもなく、フィルは思った。わざわざ自分に言う理由は何だろう?
 と、不意にコンコンと飴色に輝く扉がノックされ、サラサが入ってきた。
「ごめんなさい、仕事が長引いてしまって」
 ツカツカと部屋を横切り、ソファに座ったフィルの真正面のソファに腰を下ろす。
「あ、あのぅ。今日呼び出されたって、もしかして……」
「もしかして?」
「ギルドと兼業しちゃいけないとか……」
「兼業? ……ああ、いいえ、そういうわけではないの。その件に関してはギルドとしては、問題がおきない限り大丈夫だと思うわ」
「そ、そうですか! 良かったぁ……!」
 あからさまにほっとしたフィルを見て、くすっとサラサが微笑んだ。だが、次の瞬間、顔を引き締めて口を開く。
「今日呼んだのは、フィル君に直接依頼を請け負ってもらおうと思ったからなの」
「お、俺に?」
 慌てふためくフィルにちょっとだけサラサは手を上げて話の続きを言わせて、といわんばかりに真っ向から見つめた。
「依頼したいのは紛失物の発見、よ。フィル君は街の仕事を請け負うことが多いし、顔見知りも多いでしょう。それに、警備隊所属だから、見つけやすいだろうと思って」
 なるほど、とフィルはうなずいた。それならシオやアイトより自分のほうが適任だろう。
「無くしてしまったのは昨日。時間まではちょっとわからないけれど、昨日の行動を書いたメモは用意したわ。私自身が探しに行きたいけれど、仕事がどうしても忙しくて」
「わかりました。それでどういうものを無くしたんですか」
「それが……このぐらいの」
 サラサは曖昧に手を動かし、形をつくる。横は肩幅ほどで高さは手のひらよりも大きい感じだ。「厚みはこのぐらいね」と幅を示す。
「中身が見えないように茶封筒に入っていて、ギルドの紋章で封がされているわ。これを早急に発見して欲しいの」
「わかりました。あ、中身はなんですか?」
「……」
 途端にサラサの顔が冷たいものになる。じっと黙ってフィルを見つめる姿は何処か鬼気迫るものがあった。
「え、えっと……?」
「中身は言えないわ。そのところは貴方もギルドに所属しているなら察して頂戴」
「は、はぁ」
 思わず生返事を返す。もしかしてギルドの重要書類なのかもしれない。
「ギルドの紋章で封印され茶封筒を探し出しだせばいいんですね?」
「ええ。それも至急で。あと、封は勝手に開かないこと。それと……」
 言いにくそうにサラサが口ごもる。言うか言わないか迷っているようでもあったが、顔を少し上げてきっぱりと言った。
「リンテレットには内緒にして欲しいの」
「リンテレットさんに……ですか?」
 上司に当たる赤毛のいつもハキハキとしたリンテレットを思い浮かべる。そういえば、仲が良かったんだっけと思い出す。
「中身を知られるわけにはいかないの」
 何処か遠くを見るような眼差しのまま、サラサはそういうなり押し黙った。


「サラサ? ギルドの受付けの子だね? 彼女なら奥の席でランチを昨日食べてたよ。忘れ物? 封筒なら持って出たと思うけど?」


「はぁい、こんにちは〜。本の返却ですか、貸し出しですか? ……サラサちゃん? ん〜そうねぇ、昨日来て何か調べものしてたみたい。茶封筒? ここには忘れてないはずよぉ。ところで本当に本、借りてかないの?」


「やぁ、フィル。今日はギルドに公園の掃除の依頼を出してなかったと思うんだが。探し物? あそこのベンチにそれらしい人がいたよ。忘れ物はなかったと思うけどねぇ。もういくのかい。また、仕事を手伝ってくれよ」


「なんだいなんだい、フィル坊。え? 探し物が見つからない? サラサって言えばあの、ギルドの受付けしてる子だろ? 昨日、店の前を通ってったよ。重そうな封筒持ってたねぇ。おや、もう行っちゃうのかい? じゃあ、これ持っておいき。元気だすんだよ!」


「えっと、ここもペケっと……」
 ペンでぐりぐりっとサラサからもらったメモに線を付けながら、フィルは最後に聞いた果物売りのおばちゃんからもらった小さい青いリンゴをほおばった。ちょっと酸っぱい。
 自宅やギルド内はしっかりサラサが調べたからはっきりとないというのがわかっている。
 確かに持っていたとサラサが断言できないのは昨日外出した以降だ。
 喫茶店、図書館、公園、それとギルドの帰り道。目撃者達の証言によれば茶封筒はしっかり持っていたという。
 はぁとため息をつく。最後に行ったという海猫亭は何故か閉まって不明だ。
 仕方がなく、警備本部に落し物があることを期待してトボトボと向かった。
「フィルッくぅぅううううんっ!」
 警備隊本部に戻った途端、そんな声と共に誰かがフィルを抱きしめようと、というか襲い掛かった。
「え、え、え」
 思わず、フィルはさっと避けた。ガンッ! と誰かがフィルの背後の扉に顔面衝突する。
「いったぁい」
「あ、ご、ゴメン、イヴちゃん」
「んもぉ、フィル君ったらテレ屋さんなんだから♪」
 赤くなった額をさすりながらイヴがかわいらしく頬を膨らませる。
「でも、慌てて避けなくてもいいのに」
「いやでも、だって」
 視線にすでに気づいていたフィルはしどろもどろになりながら奥の方をチラリと見た。
 たまたま警備隊本部に居た某警備隊長があからさまにフィルを睨みつけていた。
「うらやましくなんか……くっ!」
 殺意を背中に感じながら、フィルはひとまず何事もなかったように顔を取り繕いながら「それでどうしたの?」とイヴにたずねた。
「あ、そぅそぅ! これ、お店に誰かが忘れていったみたいなの。なんか、重要そうだし、ほら、ギルドのマークがついてたから」
 それに、とイヴがぽっと頬を赤らめる。
「フィル君、イヴに会いに来てくれないんだもん。……きゃーイヴってば積極的ぃ!」
「そ……そぅ」
「なんであいつばっか……!」
背後の殺気はさらに増したようである。
「そ、そういえば、お店閉めてていいの?」
「やだ! すぐ帰るつもりだったのに。お仕事手伝ったんだから、今度はフィル君から会いに来てね、それじゃ!」
 台風のように慌しく茶封筒をフィルに押し付け、イヴは警備本部から出て行った。
「あら、フィル君、どうしたの? 今日は非番じゃなかったかしら」
「こんにちは、リンテレットさん。ちょっと探し物があったんですが見つかったので」
「そぅ……あらこれ、ギルドの紋章がついてるわね?」
「えっと……サラサさんに頼まれまして」
「サラサに?
 知り合いの名前が出たためか、リンテレットは興味深そうに重たげな茶封筒を見つめた。
「それで、中身は何なの?」
「それがその、秘密なんです。俺も教えてもらってなくて」
「……もしかしてギルドの裏帳簿とかじゃないのかしら……? まさかとは思うけど」
「そ、それはない……と思いますけど」
 リンテレットの言うこともわかる。この茶封筒の中身が怪しいものでないかどうかはサラサにしかわからない。
「で、でも、これは依頼されたものですし、勝手に見るわけには……」
「それでも、何かしらの犯罪行為につながる可能性があるのなら確かめる必要はあるわ」
「おや、どうしたでござるか」
 街の警邏から戻ってきたヘルシンキは言い争いをしている見知った二人を見つけて不思議そうに首をかしげた。
「ヘルシンキ隊長、実は……」
「ふむふむ、考えにくいことでござるが、リンテレット殿の言うこともわかるでござる」
「で、でも勝手にあけるわけには……」
「ならば、サラサ殿に了承を得れば問題ないでござろう」
「そうですね。じゃ、私も行きます」
「え!? いやあの、それは」
 リンテレットだけには知られないように、と言ったサラサの言葉がよぎる。マズイマズイ、それだけはなんとしても阻止しなくては。
「何? 何か問題があるの?」
「いやあの、俺とその隊長がいれば大丈夫です! リンテレットさん、忙しそうだし」
「でも、友達が関係してることなのよ?」
「ならばおらぬ方が良かろう。友達であるリンテレット殿に疑われたとあっては」
「それは……そうですね。私はここで待ってますので、あとで教えてもらえますか?」
「了解でござる。何も問題ないと思うでござるが。フィル殿、では参ろうか」
「は、はい!」
 ずっしりとした確かな重みのある茶封筒を抱えなおし、フィルはヘルシンキと共に警備本部から出た。


「それで、二人で?」
「サラサ殿とて痛くもない腹を探られ、不快でござろうが……これも街を守る者としての責任感のなせるわざとご容赦いただきたい」
「はぁ……」
 フィルとヘルシンキ、そしてサラサは最初にフィルが通されたあの部屋に居た。
「この封筒の中身、ですか……」
 ようやく手に戻った茶封筒だが、サラサはあまり喜んでいないようだ。
「どうしても、ですか?」
 サラサはため息を吐いた。その目にはいつものサラサには決してない迷いがあった。もう一度、ため息。
「他言無用をお願いできますか?」
「もちろんでござる。拙者もフィル殿も、決して口外いたしませぬ」
「はい!」
 不承不承、サラサは茶封筒を手に取り、一瞬迷ってからパチンと封をあけ、サラサはさかさまに振った。
「……こ、これは……ッ!」
 驚愕に目を見開き、ヘルシンキは絶句した。
 中からドサドサと零れ落ちたのは……。
「これって……あの、なんですか?」
 思った以上に薄く大きな冊子のようなものが何冊もテーブルに広がっている。そのうちの一つを手にとって、思わず開く。……何故か、見覚えるのある某警備隊長が緊張した面持ちでこちらを向いている。
「そうね、フィル君はこういうのは見たことないでしょうね。……これはその、お見合いのための絵姿よ」
「えええッ!? お、お見合いッ!?」
「だから、見せたくなかったんだけれど」
 はぁぁあ〜とサラサは重いため息を吐いた。
「こういう仕事をしていると、その、そういうお膳立てをする人から押し付……いただくことが多くて。その、ほら、処理するにしても適当にするわけにはいかないし」
 顔を赤くしながら、サラサが言った。
「そ、それは……よくわかるでござる……」
 沈痛な面持ちでヘルシンキが深々とうなずいた。……どうやら、身に覚えがあるようだ。
「で、でも、どうして内緒に……?」
「ねぇ、フィル君。自分の友達にお見合いするなんて、普通言えると思う? いいえ、別にお見合いが悪いわけじゃないけど……」
「……そ、そうですね」
「私だってお見合いじゃなくて素敵な……ンンッ。と、とにかく、わかっていただけたかしら?」
「もちろんでござる。疑って真に申し訳ないでござる……」
 深々とヘルシンキがテーブルに額をこすりつけんばかりに頭を下げた。
「それにしても、このたまったこれ、どうしようかしら……」
 途方に暮れた口調で、サラサはぽつっとつぶやいた。


「それで、中身はなんだったんですか!?」
「え、いや、そのと、とりあえず、事件性のあるものではござらん!」
「それはわかっています。でも、いったいなんだったんですか?」
「……そ、それは……その、プライベートなことで……」
「私心配なんです。サラサって心配事をあまり言うタイプじゃないし……だから、教えて欲しいんです」
「いや、リンテレット殿、ですから……」
「それで、なんだったんですか?」
「……い、言えな……」
「何か深刻な問題なんですか!?」
 ……なんともいえない気持ちで警備隊本部に帰った二人を待っていたリンテレットは夜遅くまで二人を放そうとしなかった。
だが、二人はサラサの秘密を最後まで守り通したという。
「そういえば、ヘルシンキさんもアレ、もらったことあるんですか?」
「……フィル殿」
「……すみません、二度と言いません……」