朝を告げる明かりが窓の外から差し込む。窓の外を眺めると西洋風の建物が立ち並び、数キロ先に海が見える。海に面した都市、ここは海洋都市イシュワルドと呼ばれている。温暖な気候がこの土地の特徴だが、その日はやけに冷え込んだ。 「うぅー、さぶっ、最悪ー」 イヴは誰にでもなく、一人呟く。 「外はこんなにも、良い天気なのに……」 外は快晴の青空が、どこまでも広がっていた。イヴは両手を天井に突き出し大きく欠伸をする。フローリングの床は思ったよりも冷たく、もしかしたら夜には雪が降るかもしれない。 両手を口元に当てて息を吹きかけると、白い息が手の平を少しだけ暖かくした。 防寒着を着込んで、滅多に使わないマフラーをクローゼットから取り出し首へと巻き、外へ出かける準備をした。 「フィル君、今日は何してるのかな」 もし予定がなければ、今日はずっと一緒に過ごしたい……もちろん今日だけじゃなく、ずっと一緒に過ごしたいけど。 家から一歩外へ出ると、家の中よりも一段と冷え込んだ。風が吹くたびにイヴは首を縮めた。道を歩く人もどこかいつもよりも少ないような気がした。 少し歩くと、小さな公園がある。イシュワルド公園と名前の付いた公園で、こんな陽気にも関わらず、カップルや親子連れが多くいる。公園の中心には噴水があり、周りを囲むようにベンチが並んでいた。 イヴはベンチに腰掛けてる男の子を見付け、走り寄って行く。 「フィル君、こんなところで何してるの?」 「えっ……イヴちゃん、こんなところで何してるの?」 振り向いたフィルは驚いたようにイヴの顔を見つめている。 「イヴは……まぁ、暇だったから散歩してたんだけど……フィル君は?」 フィルを探していた……と正直には言えない。 「フィル君、おまたせー」 フィルが答えるよりも先に、イヴの背後から声が響く。よく知った声だった。 「あっ、イヴちゃん」 シオがイヴに気付いたのか、驚きの声を上げる。 「フィル君、シオちゃんと何か約束してるの?」 「そーよ、フィル君は、今日一日私と約束があるの!」 「イヴはシオちゃんに聞いてるんじゃないよ!」 「なによ!」 「なんなのよ!」 フィルはイヴとシオのあいだに見えない火花が散っているように思えた。 「ねぇ……シオもイヴちゃんも、そのくらいにして……」 「フィル君は黙ってて!」 フィルが言い終わる前にシオとイヴの声が同時に響いた。フィルは「はぃ……」っとだけ返事をして黙った。 「フィル君は、私と約束をしてるの」 とシオ。負けじとイヴも「だからなに? フィル君はいやいや付き合ってるだけかもしれないでしょ!」言い返す。 「そんなことないわよ!」 「フィル君に聞いてみないと、わかんないじゃん!」 シオとイヴが同時にフィルを見つめる。フィルは正直、この場から逃げたい気持ちでいっぱいだった。 「どうなの! フィル君!」 さっきは黙っててって言ったのに、女の子ってやっぱり分からないとフィルは思った。 「えっと……その……おれはシオと約束してたから……その……」 フィルが言い終わる前に、シオは満面の笑みを浮かべる。 「ほらね、フィル君もそう言ってるんだから、早く買い物に行きましょ」 シオに手を引っ張られて、連れて行かれるフィルを見つめながら、イヴの目には涙が溢れそうなくらいに溜まっていた。フィルは複雑そうな表情でイヴを見つめる。 「買い物が終わったら、すぐに来るからちょっとだけ待ってて……」 イヴの表情がパッと明るくなった。 「絶対だよ! 待ってるから」 二人の姿が見えなくなり、イブはさっきまでフィルの座っていたベンチへと腰掛け溜め息を一つついた。ベンチは少しだけフィルの温もりを残していた。 それからどれくらいの時間が経っただろうか……フィルとシオはどんなことをしているのだろうか……ベンチに座ってからイヴはそんなことばかり考えていた。買い物なんて二人でいる口実に過ぎない。イヴもフィルと一緒にいたい……。 「ごめん、おまたせ」 と?気な声が響く。 「いつまでレディーを待たせるつもり?」 思っていることとは逆のことが口から発せられる。来てくれてありがとうなんて言えるわけがない、柄でもないしね……。 「ごめん、ごめん」 そう言ってフィルは何度も頭を下げる。 「いいよ、それより買い物は終わったの?」 周りを見渡しても、シオの姿はどこにもなかった。イヴに気を使っているのだろうか……とも考えたが、それはないと思う。 「うん……それよりも、これ」 イヴの隣に腰掛け、フィルは持っていた小さな紙袋をイヴに手渡す。 「あぁ、それとこれはシオから……」 そう言って、手紙の付いた紙袋を手渡す。 なんだろうと思いながらイヴは手紙を開いた。 『今日はごめんね、フィル君は絶対に渡さないけど、今日はフィル君と一緒にいてあげて……その方がフィル君も喜ぶと思うし……』 手紙にはそう書かれていた。シオがどんな想いでこの手紙を書いていたかと思うと可笑しくなって、イヴはくすりと笑った。 「ねぇ、見てよ、雪が降ってる……珍しいね」 イシュワルドに雪が降るなんて滅多にない……だけど、空を見上げると確かに白い雪がちらついている。 「本当に珍しいね、イシュワルドに雪なんて……フィル君、寒くない?」 イヴはそう言うと、フィルに体を寄せて肩を枕にフィルに体を預ける。フィルはどうしていいのか分からずに、目を泳がせている。少しだけ顔が赤いような気がした。 イヴはそんなフィルの姿を見つめて、ゆっくりと目を閉じる。幸せな時間だった。 ゛今日くらいは良いよね……今日はイヴにとって特別な日『イヴの日』なのだから゛ とイヴは心の中で呟いた。 |