お昼ご飯を作ろう。 自宅で時間を持て余していた私はそんなことを思った。 時刻はちょうどお昼時。家事はもう終わっている。 そして今、台所の前へと私は立っている。 確か、材料は野菜があったんだっけ。他にはパンと今朝に炊いたお米。……なんか他にも欲しいかな。これだけだとなんか物足りない気がする。 おなかがすいたのを我慢してお買い物かな。おもわずため息をついてしまう。 おなかが減る前に買っておくんだった。お金もちょっとは余裕あるし、お昼ご飯は外食にしようかな。そう決めた直後、私を呼ぶ声が家の外から聞こえてる。 「シオ、いるー?」 このおっとりしている声はフィルくんだ。来るタイミングがいいというか、悪いというか。……何の用だろう。 玄関へと行き、扉を開ける。 そこには、まだひんやりとする春風と共に笑顔のフィルくんが小さな木箱を持って立っていた。 「こんにちは、フィルくん」 私はいつも通り、静かに話す。 「え、あ、うん。その、邪魔じゃなかった?」 なんてすごい申し訳なさそうに言ってくる。何をそんなに遠慮してるんだろう。別に私は威圧してるわけでもないのに。 「あー、もう昼飯、食べちゃった?」 「食べてないけど」 そんなのを聞いてどうしようというんだろ。どこかに食べに行こうって言うのかな。食べに行くのならすぐにでも大丈夫なんだけど。 「それはよかった。今日は朝から釣りしてさ」 木箱のふたを開けて嬉しそうに私へと見せてくる。その中には小さい魚が6匹。 これを私にくれるのかな。だとしたらそれはありがたいんだけど、なんか、ちょっと。 期待はずれだ。つまんないの。 「いつもお世話になってるからシオにあげ……えっと、怒ってる?」 「怒ってない」 「何かわからないけど、ごめん」 「怒ってないから」 外出はやめにしよう。戸惑っているフィルくんの顔を見ているとなんかそんな気分じゃなくなった。 料理でもしようかと私は中へと戻る。けど、フィルくんがついてくる気配がなく振り返る。 いつもならこうすれば、どことなく居心地が悪そうな感じで入ってくるのに。本当に私が怒っていると思ってるのか、その場で硬直している。 「入って」 「お邪魔します……」 声をかけてやっと入ってきた。静かに玄関の扉を閉め、私へと魚が入ってきた木箱を持ってくる。今日のお昼ご飯に困っていたので木箱ごとありがたくもらっておく。 「フィルくんは、食べた?」 「俺? あー、昼飯なら食べてないけど」 それならせっかく魚を持ってきてもらったんだし、お礼ということで料理をしたほうがいいよね。たまにしかフィルくんには私の手料理を食べさせてあげないし。 「じゃ、そこに座って」 不思議そうに立っているフィルくんをテーブル前にある椅子へと視線で誘導する。 座ったのを確認し、私は木箱を持って台所へと行こうとするが慌てて立ち上がったフィルくんが私から木箱を取り上げる。 私にプレゼントしておいて結局はあげられないっていうのね。そういうことなのね。 「嫌がらせ?」 にらみつけると、私から視線を外してきょろきょろと部屋の中を見回して挙動不審。本当に何をしに来たんだろう。わからない。 「お、俺が作るよ、食事は。ほんといつも助けてもらってるから」 ああ、それが言いたかったのね。もう少しこのままだったら足をけり飛ばすところだった。でも、ここは私の家なの。私が料理をしたいの。フィルくんもそれはわかってるはず。 「座ってていいから」 「たまには俺に任せてよ」 木箱を取り上げてこようとつかんでくるけど、私はそれに抵抗する。 「座って」 威圧するように私は言う。 「い、いやだけどやっぱり俺が……」 フィルくんに取られないようにすると向こうも力を入れてくる。まだ鍛えきれてないけどさすがにフィルくんも男の子だね。力は思ったよりある。どっちも箱を取れない状態が続く。 そこで思った。 こういうときって、どっちかが手を放して箱が顔面に勢いよくぶつかるってパターンよね。 箱から嫌な予感がする音が聞こえる。それは箱がきしむ音。 あ、どうしよう。悪い予感しかしない。でもこの状態で手を離すと……。二人一緒に離すという手もあるけど、その、フィルくんは少し鈍いから。 きしむ音が強くなってきた。 冷や汗が出てくる。 その時、木箱が綺麗にまっぷたつに壊れ、魚があたりへと飛び散る。 鮮度がいいらしく、床をびちびちと魚たちが跳ねている。 食材が散らばってしまった。 掃除に手間がかかる。 部屋が魚臭くなる。 ……ため息がでそう。 「ごめん」 また申し訳なさそうに謝ってくる。 これじゃあさっきから私がいじめてるみたいじゃない。 「フィルくんは静かに座ってて」 「……はい」 フィルくんが戻ったのを見届けてから私は床へと散らばった魚たちを片づける掃除へと取りかかる。 本当、なにしにきたの。フィルくんは。 ◇ 掃除を終えた私は、拾った魚とチルル豆、それと今朝に炊いたお米でチャーハンを作った。私とフィルくんの二人分。魚と野菜2種類も入ってるから栄養はばっちり。 フライパンから2枚の皿にチャーハンをてんこ盛り、スプーンを持ってフィルくんの待っているテーブルへと行く。 フィルくんは私が料理し始めてから、さらに挙動不審になってるんだけどなんだろう。あ、あまりにも暇で申し訳ないなんていう気持ちになってるのかな。 「お待たせ」 湯気がたつチャーハンのひとつをフィルくんの前へと置く。 フィルくんの向かいへと座り私も食べ始める。 「いただきます」 「……いただきます」 うん、魚があるとご飯はよくなるね。野菜とお米だけだとどうしても見た目が寂しくなってしまうし。 チャーハンをお腹へと流し込んでいると、ふとフィルくんの動きが気になった。一口食べてから食べるのが遅くなったみたい。何か失敗したのかな。 「何か変だった?」 「ううん、何も変じゃないよ」 そう笑顔で答えるフィルくんは食べる速度が急に速くなる。遅くなったのは量の多さに戸惑ったのかな。でも育ち盛りの男の子だしこれぐらい食べないとダメだよね。 食べ終わり、フィルくんが食べ終わるのをながめながら待って、今日のお昼ご飯はこれでおしまい。 ごちそうさまでした。 「シオ」 食器を片づけ、台所へと向かおうとしたところで不安げな声で呼び止められる。 「これからどこかに出かけない? あ、いや、その。さっきのおわびってことなんだけど。何かおごるよ」 フィルくんにしては珍しく強く強く言ってくれるんだし、今日はお言葉に甘えようかな。皿洗いは後にすればいいし、すぐに行ったほうがいいよね。 どこに行こうかと悩むけど、そんな悩みはすぐに解決した。 「買い物に付き合って」 だって、今日の晩ご飯のおかずがないから。 ◇ 外着に着替え、フィルくんを連れてやってきたのはいつも利用している商店街。 今日は休日だから露天商の人が多く出て買い物客も多い。平日のときよりもずいぶんとにぎやかでみんな楽しそう。 その人たちに混ざるように私たちもあちこちのお店を見てまわったりする。 歩いているとチルル豆腐というノボリがついたリヤカーを引いたおじさんが目につく。 最近は豆腐食べてないから今日はあれを食べよう。冷奴で食べよう。お醤油たっぷりつけて。 ポケットからお財布を出して買いに行こうとするけど、そこで思いとどまる。 でもフィルくんがおごってくれるんだっけか。今日は大量に買う予定だから最初の豆腐だけお金もらえばいいかな。 お金を払ってもらおうと後ろを振り向く。 ……後ろにいるはずのフィルくんがいない。 辺りを見回すけど、お客さんの数が多くて遠くまで見通せないためフィルくんを見つけられない。姿を見なくなってそんなに時間が経ってないから近くにいるとは思うんだけど。 そこらの人に紛れちゃってるのかな。 「シオ」 後ろから声が聞こえて振り返った途端、探していたフィルくんが目の前にいて綺麗な花の形をしたピンを手に持っていた。 これは……? 「シオに似合うかと思って」 これを? 私に? フィルくんが? えっと、どう反応すればいいんだろ。素直に喜ぶ? お金の心配をする? ああ、どうすれば。 「……つけてくれる?」 緊張したようにフィルくんがうなずく。 ピンを持った手が私の前髪へと近づいてきてつけようとする。けれど、なかなかつけられないみたい。 フィルくんの手を取って、強引につけやすい場所へと誘導する。そのため、互いの顔が近付いて相手の息を感じられるほどまでの距離に近づいてしまう。 「できた」 至近距離でフィルくんの笑顔。でもすぐに固まったようになる。 「ほ、ほら陽が暮れるまえに買い物終わらせないと」 ごまかすようにそっぽを向いて私は早足で歩きだす。なんか知らないけど恥ずかしさがこみあげてくる。 後ろから慌てて追いかけてくるフィルくんを無視して商店街の奥を目指す。 なんだか、それが楽しくて恥ずかしくて嬉しくて。 私はちょっと笑顔になってしまう。 でもいつもどおりの無表情というのを私は意識する。変に表情をつけたりすると何の拍子に相手に不快に思われるかもしれない。こっちの感情がばれないようにしないと。 仲が良いと思っているフィルくんなら、なおのこと。 ……うん、私は大丈夫。もういつもどおりになれたよね。 ゆっくりと速度を落として立ち止まり、フィルくんへと振り返る。 「ありがと」 「え、あー、うん。どういたしまして」 私の突然の言葉に戸惑うも心が暖かくなるような優しい笑顔でそう言ってくれる。 あ、まずい。これは。嬉しくなっちゃう。 脊を向けて再び歩き出す。けど、今度は早足にならないように気をつけていつもどおりに。 「シオ、待ってよ」 今日は悪い一日。ついていない日と思ってたけど、一日が終わるまでその日は何が起こるかわからない。 でも、今この時間があるから、ついてない日でも嬉しくなることはあると今日の私は思った。 さて明日はいったいどんなことがあるのだろう? おしまい |