いぶしお式お料理教室! 〜やっぱり料理は愛情よ編〜

 夏も少し前に終わり、だいぶ涼しくなった秋の日の夕方。
 今日のお天気は雲が少なくて夕日がとっても綺麗。
 海岸沿いの道を歩いて、なんとなく海へと目をやると夕日の光が海へと反射して淡い赤の色が目に映る。
 風も穏やかで道行く人たちは、お惣菜をたくさん持ったおじさんが汗をぬぐいながら歩いたり、お弁当を脇に置いた冒険者のお兄さんが座ってビールを飲んでいたりするのが幸せそうに見える。
 私はそんな人たちの横を歩いてイヴちゃんがいる海猫亭を目指しているところ。いつもは自炊だけど、今日は作りたくない気分だったのでお惣菜を買いに行きます。
 イヴちゃんのお店の料理は種類が豊富だし、値段もお得感が出ているからいいよね。良心的お店で安心安心だね。
 今日の夕食の内容にうきうきしながら海猫亭前に到着! …到着はしたんだけど、今、目の前でイヴちゃんが閉店の札をつけてるとこみたい。………え、閉店? それはすっごい困るよ。
「こんにちは〜」
 元気に挨拶すると、閉店の札をかけおわったイヴちゃんが気だるそうにこっちを振り向いてくれる。
 わー、すっごく疲れたもう寝る! っていう顔みたい。なにがあったんだろう。
「…なにか用?」
 声からも元気がなくなってる。むー…。あ、お店なんで閉店なのか聞かなきゃね。
「ね、もうお店閉めちゃうの?」
「そうよ。もう物がなくなっちゃったから。あとは明日の分を仕込んで寝るの。まったく、なんでこう一度にたくさん来るんだか…。少しはイヴのことも考えて欲しいわ」
 あれ。もしかして全部売り切れ? 私の分がないのかな。それはすごい困る。他のお店で買い物っていう手もあるけど、イヴちゃんの味付けはなかなかの物だし。いつも買ってるからもうこの味がいいんだよね。それにイヴちゃんがたまーに気分いいときにはおまけしてくれるし。滅多におまけなんてしてくれないけど。そういうときは大抵、悪い天気になるぐらいにないよね。
「…なんかイヴの悪口を言わなかった?」
「い、言ってない言ってない。気のせいだよ。それよりお惣菜買いに来たんだけどそれもないの?」
「もうない、まったくない。売れすぎるのも困ったものよねぇ」
 イヴちゃんは溜息をついてお店へと入っていく。
 あ、このままじゃ…。
「ね、今から明日の分のを作ったりする?」
「そうよー。あー、めんどくさいなぁ」
 お店の中から変わらず気だるい声が返ってくる。
 料理が好きだとしても疲れるんだよねぇ、やっぱり。…私がお手伝いしたらイヴちゃんも喜んで、ついでに自分のお惣菜もゲットできて私も嬉しいかな? …うん、思いついたから言ってみよう
「私も手伝っていいかな?」
 どたどたと走る音がしたと思ったらすぐにイヴちゃんが驚いた顔でやってくる。
 え、えっとそんなに手伝って欲しいの…かな? うーん…。
「手伝う? シオちゃんが? イヴを? 料理で?」
「う、うん。ダメ?」
 イヴちゃんはうつむいて両手を組んで悩みだし始めちゃった。
 唸り声を上げながら、約4秒。
 名案を思い付いたみたいで両手をパンッと打って笑顔で私を見てくる。
「もう、おっけおっけ! シオちゃんにも手伝ってもらおう!」
「え、あ、うん」
 私が提案して驚いてやってきた時と同じような勢いでお店の中へと戻っていった。
 と、とりあえずついていかないと。
 イヴちゃんの後を追うように私は慌てて後を追う。

 慌てて入った店内は妙にすっきりしている。その原因はお店の中にある陳列棚などに物がないと気付いた。
 こんなに大繁盛してるのは初めて見たよ。もう開店前、いや閉店しますよぐらいの静けさを感じるね。
「ほら、早く来てってば!」
 イヴちゃんに怒鳴られちゃった。そうだよね、お店の中を見てたんじゃダメだよね。目的はお手伝いなんだから。
 普段は見ることができない海猫亭の台所へとやってきた。思ったより、ごくごくふつーの家にあるような物ばかり。けど、鍋とかが大きいのがふつーの家とは違うところかな。
「とりあえず、材料はあるんだよね。イヴちゃん、このチルル豆の皮むいてね。明日用だから」  
 大量の、両手で抱えるぐらいの豆を渡される。
 け、結構多いね。これ、やっぱり明日一日で使ったりするのかな。
 イヴちゃんが鍋に水を入れて何かしようとしてる隣で私はチルル豆を台に置いて皮むきを始める。
 …むきむき。ひたすらに皮をむいていく。けど、こんなに豆を使う料理ってなんだろう…。 
「ね、イヴちゃん」
「なーに?」
「今からチルル豆の料理を作るの?」
「そうよ。チルル味噌汁のアレンジ。豆腐の代わりに茹でたチルル豆を入れるの。最近は和風っていうヘルシー料理が人気あるみたいだから。豆腐じゃなくて直接チルル豆を入れてみようと思って」
 ほんと、最近は健康志向がブームみたいな感じだからね。やっぱり時流の流れに乗ったほうが売れやすいよね。
 …でも定番とか、そういうのを外すのはよくないよね。もっと定番のもいいよね。
「チルル豆の料理以外にも今日は何か作るの?」
「んー。作らないかなぁ。あ、愛しのフィル君がいまここに来て何か言ってくれたらすぐに作っちゃうけどねー」
 うっとり笑顔なイヴちゃんだけど、私はちょっと笑顔になれない。私が今日欲しいのは天ぷら。夏魚野菜天ぷらが欲しいの。今ならまだ夏魚は間に合うからね。食べたいときに食べるっていうのが大事なんだよ。
「ね、私は夏魚野菜天ぷらが欲しいんだけど、ダメ?」
「ダメ。めんどくさいし、揚げるのすごい熱いし」
 再び料理へと戻ったイヴちゃんは沸騰しはじめたお湯を見ながら、そっけなく言っちゃってくれる。
 フィル君連れてきたほうがいいかな。うーん、でもなぁ。…あ、そうだ。勝手に作らせてもらえばいいんだ。チルル豆をむいているからその見返りってことでいいよね。
 急いで、でも丁寧にチルル豆の皮むきを終わらせよう。

 …お腹が空きながらも、懸命にやって皮むき終了。
 よし、天ぷらを作る準備だ。
 味噌汁を作っているイヴちゃんの後ろでがさごそ。陶器でできたひと抱えもありそうな大きな壺を発見! 油…はこれだね。たっぷりと量があるから問題ないっと。あとは夏魚と野菜だけど…。どこにあるんだろ。
「…シオちゃん、何してるの? さっきからがさがさと」
 後ろから不思議そうに、そしてちょっと怒りを含んだ声が聞こえてくる。
 あー、これはまずいかな?
「えっと自分用のお惣菜作りかな。夏魚と野菜の天ぷらの」
「あー、そういえばそうだったわねぇ、ここに来た目的。手伝ってくれたお礼に少しなら使っていいわよ。あ、材料は自分で探してね」
 呆れたように溜息をついて再び料理に戻っていく。
 よし、これで了承を得た。
 次は問題の夏魚と野菜。天ぷらにぴったりなナコソ涼風草はそこらへんに転がっているから問題はお魚だけど…。
 あたりを見回してもお魚の影が見当たらない。それどころか匂いも。
 むー…。まぁ、とりあえずはお鍋を用意してイヴちゃんの隣でお料理準備。お鍋にさっきの壺から油をたっぷり入れて、火をつける。
 油がぐつぐつとなるその間に細長くて切れ味の良さそうな包丁を借りて、ナコソ涼風草を天ぷらサイズに切っちゃう。
 とんとんとこぎみ良い音を立てて切っていく。けど、サイズを統一したつもりなのに大きさがばらばらに。まぁ問題ないよね、と包丁を置く。
 さて、どうしよう…。
 悩みながら何気なく、イヴちゃんのお味噌汁が気になって後ろから覗き込む。
 チルル豆、イシュワルド貝。それらがぐつぐつことこと煮込まれていい匂いがしてくる。そして今はイヴちゃんが夏魚を入れている途中。
 夏魚見ちゃうとお腹空いてくるなぁ。………夏魚?
「夏魚!!」
「ちょっと! 耳元で叫ばないでくれる!?」
 夏魚がお味噌汁の中にあるじゃない! …これって最後の魚じゃないよね?
「ね、イヴちゃん」
「なによ」
 耳元で叫んじゃったことで、すごく怒っているイヴちゃんがぶっきらぼうに言ってくる。
 悪気があったわけじゃないんだよ。
「その夏魚、余る?」
「余らないわ」
 ………おいしそうな夏魚さんたち。
「そりゃ!」
「あ、ちょっと!」
 強引に奪って私の鍋に投下! イヴちゃんのあの夏魚はどう見ても余るもんね。
 魚を入れた勢いで油がじゅわ〜っと音を立てて油がはねるけど、ぎりぎり当たらなかった。ふぅ。
「素揚げでやる気!? ってか魚さばいたり頭落としたりしないの!?」
 箸をつかんだイヴちゃんが慌てて私が入れた魚を戻していく。
 揚げれば頭あっても問題がないような気がしたんだけど。
「ほら、頭取ってウロコもはがす!」
 まな板を即座に用意し、包丁を渡される。
「衣のほうはイヴが作るから、頭とウロコを落としておいてね。それとハラワタも」
 と言って小麦粉と卵を用意して衣を作り始める。 
 イヴちゃん、行動が素早いなぁ。
 さて、私もはやくやらないとね。
 …えっと、頭はざっくり、っと。ウロコはしゃばしゃば…と落して。あ、危ない危ない。ハラワタも忘れずにとっておかないと。…外見は結構傷ついちゃったけど食べるには問題ないよね。
 さっさと衣を作り上げてたイヴちゃんがずっと私の手元を見てたけど、なんともいえない微妙な表情をしていた。
「…まぁいいか。はい、衣」
 イヴちゃんから衣を受取り夏魚をつけて鍋へと放り投げる。
「ちょ、なんで放り投げるのよ! 危ないじゃないの。ちょっと貸して。こうやって1匹ずつ丁寧にそっと入れていくの! ほら、こう!」
 私から全部の魚を取り上げて入れていく、
「ごめん…」
「まぁいいわ。ほら、揚げ具合を見ていなさいよ」
 溜息をついてイヴちゃんは調理場から出ていく。
 夏魚、入れすぎたかな。なんか量が多い。私一人分にしては量が多いよね、これは。まぁ、いっか。
 箸を借りて揚げあがったと思う魚を取り出し…。
「それさっき入れたばかりじゃない! そんなすぐだと中は生じゃない!」
 どこかへと行ったはずのイヴちゃんが大慌てでやってきて私が取り出した夏魚を戻す。
 見ててすごく油の温度が高そうだから一瞬でできるかな〜って思ったんだけど…違う?
「もう見てられないわ。ちょっと貸しなさい」
 箸を私から奪って手早く確実に何かをしてるみたい。
 大量の夏魚を一旦取り出して、ちょっとずつ入れては揚がったのから取り出す。そして、ちょっと入れる繰り返しのを私は感心しながら見ている。
 ぼぅっと見てる間に夏魚は全部上がり、次は野菜たちの番。
「不揃いね…」
 さっきから申し訳ない気分。ごめんなさい。
 夏魚と同様に野菜たちもそのままぱぱっと揚げていく。
 見守ること数分。
「とりあえず、全部揚げちゃったけど…残りどうする?」
 材料として用意した野菜たちを全部揚げちゃったイヴちゃん。
 私の分を確保して、残ったのを見るともう山ができちゃうほどに。
 これ全部持って帰るのは無理そうだし、かと言ってここで食べるというのも…。
 イヴちゃんも顎を手で持つようにして悩んでるし…。
「そうだ、売っちゃおう」
 ぽんっ、と手をうったイヴちゃんは名案というようにすぐに私のぶんを除いた天ぷらたちをひとつの皿に集めて店先の方へと持っていった。
 …今から売るのかな? もうおかずを買いにくる時間帯じゃないような…。うーん…。
 まぁ、その辺はいっか。私はおかずを確保できたし。うん。
 もう店先に置いてのかイヴちゃんが戻ってきた。
「それじゃシオちゃんおつかれさまー。手伝ってくれてありがとうね」
「うん、それじゃばいばーい」
 厨房から出て店の方へ回ると私の不揃いな天ぷらたちが一番目立つところに置いてあった。
 …こんなに目立ってもいいのかな。
 店を出ていく。

 次の日もイヴちゃんのお惣菜を食べたくなったので海猫亭へと行く。昨日の教訓も踏まえて今日は少し早めのお昼の時間帯に来てみた。
 で、適度にすいているお店に入った途端にイヴちゃんが怖い顔で詰め寄ってきた。
 あー、あー…。私のあれ、評判悪かった? だよね、シロウトな人が作るのはよくないよねぇ。
 なんて思っていたのに、聞いたのはまったく正反対なこと。
「どじっこね。やはりウケがいいのはどじっこなのね!?」
 え、え? いきなり突然なに?
「なぜか大好評なワケよ。あの天ぷら…。なんでも『不揃いな形は昔の妻を思い出すね』『こう、変に綺麗じゃないってのは手作り感がいっぱいあっていいもんだねぇ』ってそういう声がね…」
 そんな興奮した次には私へと背を向けて小さくつぶやき始める。
「これが今の流行なわけね…それを読んだなんてさすがシオちゃん…」
 え、えぇ?
「次に来たら勝負よ! さて料理練習しないと…」
 今度は振り返って怒鳴るかのような大声。
 店へと戻っていくイヴちゃん。
 えっと、あれ? 私、惣菜買いに来たのにすごく入りづらい空気…?
 えー…っと。イヴちゃんの手助けになったんだよ…ね? …出直してこようかな。
 店を出ると海猫亭に行く人とすれちがい、こんな話が聞こえた。『海猫亭のイヴちゃんもやっと俺ら庶民が求めているドジっ子がついてきたみたいで嬉しいな!』みたいなそんなことを。
 ………イヴちゃん人気あっぷおめでとう?