日が少し落ちて、今は夕方。
 真夏と感じてた時と違って、今はいくらか涼しくなってきたりしてる。
 うーん…。もう秋が近付いてきたのかな。
 季節が変わるときは、いつのまにか変わっているって感じだからね。
 今、ちょうど季節の変わり目あたりなのかな。
 さっき、キュウリを買った八百屋さんのおじさんも風邪ひいてたしね。
 気温、観光客、旬の食べ物、服装。
 それらが先週の暑い日とはちょっとずつ、違ってくる。他にも変わってくるのがあるけれど。うん。
 長袖の人を何人か見かける石畳の道を、私は野菜いっぱいに詰まった紙袋を両手で抱えて歩いている。
 …ちょっと肌寒いかな。海沿いの道だから風がひんやりしすぎるせいだからかな。
 歩いている人たちとすれ違うたびに聞こえる話し声、笑い声。
 楽しかったよね、もう秋なんだね、暖炉を使う時期か、…そんなことを。
 移り変わる季節なんていうのは、こういう声を聞かないとわかりづらいような、そんな気がする。
 あと、涼しくなってきた今だと海へ落ちていく夕日を見るのも秋を感じたりするよね。
 砂浜で素振りとかの鍛練をしてる人も夏特有………。
 あそこに見えるのはフィル君? 木剣を振りまわしているように見えるけど。振り下ろした時にかけ声もあって気合いがよく入ってるように見えるなぁ。
 紙袋を抱えなおし、フィル君へと近づく。
 
 歩いて6歩な距離まで近づいたけど、フィル君無反応。
 ただ、木剣が風を切る鈍い音と掛声だけが聞こえる。
 それだけ熱心ってことだよね。
 でも…。
 こう、改めて見ると。
 動きが不安だし、いざという時には頼りにならなそう…、ううん。フィル君も頑張っているんだよね。
「フィル君、やっほっ」
「あ、シオ…?」
 素振りを止め、不思議そうに私を見てくる。
 フィル君にとっては、突然気配もなく私が現れた感じなのかな。
「あ、そのまま続けて続けて」
「う、うん…」
 と、戻らせるけど、気になる。どうしても気になる。
 今、フィル君は上段に構えて振り下ろしている。
 これだけで、もう気になっちゃう。
 …うずうず。
「はっ! せいっ!」
 うん、フィル君のためにもなるよね。
 ちょっと基本ぐらい教えようかな。
 私は紙袋の中身がこぼれないようにそっ、と砂の上へと置く。
 けど、いきなりここが変! とか言うのも気を悪くしちゃいそうかな。
「ねぇ、フィル君。剣って自分で覚えたんだっけ?」
「うん、我流だね」
 ぶんぶんと振りながら答えるフィル君。
 ああ、なんか腰を悪くしそうな素振り…。
「脇を締めたほうがいいかもよ」
「脇? …あ、なんとなく振りやすいかも」
「最初から強く握りしめないで、当てるとき、ええと振り下ろしたときに握りしめるといいよ」
「…こう?」
 フィル君は再び上段に構え、思い切り振りおろす。
 なんか木剣に振り回されているみたい。
 力が足りない、ということじゃないみたいだけど…。
 私の助言を受けて、素振りをし続けるフィル君。
 ………あ。
「フィル君フィル君。ちょっと動きを止めてゆっくりと振ってくれない?」
「え、何かまずかった?」
「ううん、大丈夫だけどちょっとやってみて」
「わかったよ」
 頭上へと剣をかかげ、ゆっくりと振り下ろす。
 やっぱりそうだ。
 まっすぐに振り下ろしているように思っているけど、少しずれている。
「体の中心にそって、まっすぐに振り下ろさないと力があまり入らないし、振ったあとのバランスもくずれると思うんだけど」 
「…ううん?」
 言うだけじゃわからりづらいよね、動きっていうのは。
 仕方がないなぁ。
 お姉さんが一肌脱いであげよう。
 フィル君に近づいて、木剣を持った腕を上へと持ち上げる。
「え? なに?」
「直接教えてあげるよ。ほら、振って!」
「は、はいっ!」
 静かな波音を聞きつつ、教えたり、交互に素振りをやったりする。
 波によって運ばれてくる海の風があるから、熱を持った体もそんなには暑くならない。
 波音、風、木剣が風を切る音、砂を踏む音、二人の息遣い。
 それ以外の音は全く聞こえない。
 不思議と楽しい、そんな時間の今。

「…ふぅ、こんなとこかな」
「………シオ、もう少し加減してくれよ」
 私指導による訓練が終わった宣言を出した途端にフィル君は、木剣を力なく放り投げ砂浜へと、よろよろ倒れこむ。
 いい汗かいたねぇ。
 これでちょっとはフィル君も強くなるのが早くなるかな。
 フィル君はまだまだ強くなれそうなんだから。
 日々、努力しているんだから。
 むくわれる日が来るよね。
 けど。
「私はまだ動けるんだけど、フィル君、ばてばて?」
「そりゃあ…予定してたのよりかなり動いたからね」
 私を見ることすらできないほど疲れているのか、倒れたまま空を見上げている。
 じっ、とフィル君を見てもさっぱり動く気配はない。
 …うん。
 私も同じように砂浜へと倒れる。フィル君の横へと。
 空を見上げる。
 空には夕日の光がなくなりつつ、夜の影が混ざり合い、次第に影が色濃く現れる。
 そんなのを見つつ、ぼうっと時間を過ごす。
「そういえば」
 その言葉にすっと意識が戻ってくる。
 危ない危ない、寝るところだったよ。
「シオ、なんでここに?」
「買い物帰りに海を見てたらね、なんかフィル君が見えたから」
「ふぅん…」
 お互いの顔を合わせず、空を眺めたまま。
 声だけのやりとり。
 今度行く冒険定、今日の夕食予定。そんないつもどおりな話を、いつもとは違うこの場所で。
 静かに。
 楽しく。
 けど、その楽しい時間もおしまい。
 空が影に覆われるにつれて、風が、音が。
 冷たくなってきたから。
「寒くなってきたね、フィル君」
「そうだね」
 二人同時に立ち上がり、砂を払う。
 …。すっかり忘れてたけど、野菜傷んでるかな。
 そばに置いてある紙袋を覗き込む。
 大丈夫そうだね。
「シオ、今日はほんとありがとう。…それじゃ、俺はもう帰るかな。シオはどうする?」
 木剣を拾い、私へと向き合うフィル君。
「私も帰…」
 ふと閃いた。
 ひとつ、私は料理の材料を持っている。
 ひとつ、フィル君は料理ができなそうなぐらいひどく疲れている。
 ひとつ、一人よりも二人のほうが楽しい。
「うちに寄ってよ。フィル君のために特別、腕を奮っちゃうから!」
 すぐに紙袋と、フィル君の腕を取り歩き出す。
 あまりにも私の行動が突然すぎたのか、フィル君はおろおろしてるみたい。
「これ以上シオに迷惑かけるには…」
 遠慮してるのかな、そうなら別に遠慮しなくたっていいのにね。
 私とフィル君の仲なんだから。
「大丈夫、大丈夫。フィル君なら大歓迎だから! 動いたあとはお腹も空くし! ほら、うちに行こうよ!」
 ぐいぐいと引っ張っていく。
 はじめのうちは抵抗していたけど、やっぱり食欲には勝てないのか、おとなしく私についてきた。
 動いて汗かいて、おなかいっぱいに食べる。うん、これが健康になるコツよね。
「あ、今日の献立はチルノ豆のスープとチルノ豆のなんとかいっぱいだからね。健康的! あと、干物がうちにあったはず」
「俺が作ろうか…?」
 もう。そんな私に気をつかわなくていいのにね。
 フィル君に何も心配ないと、私は我ながらいい笑顔を向けたと思う。
 これでフィル君も安心なはず。
「早く行こう」
「ああ…」
 ほら、フィル君も小さく笑っている。
 もう海の向こうでは夕日が沈む直前。  
 そんな沈む間際の綺麗な景色を見て、私はフィル君を連れ、砂浜をあとにする。
 さて。今日の料理はやりがいがあるね!