本日は、晴天で暑い昼下がりです。 夏です。夏本番です。 暑いけれど、天気のいい日にごろごろ家で寝てるのもつまらないよね。 世間では今日は休日。街には人が多い日だからなんか楽しそうなことがありそうだしね。 私は薄着でうろうろと家を出るもすぐに悩んじゃう。 うーん。 「今日はどうしようか…」 あ、そうだ。フィル君にでも会いにいこうかな。最近は遊ぶ機会がめっきり減っちゃったしね。 きっとフィル君、暇してるだろうし。 と、いうわけで行ってみました。 上半身肌着で、下は短パン。フィル君にしてはなかなか大胆かな。や、そうでもないか。 今は嫌そうな顔で結構な数の服を物干しざおに干しているところみたい。 …ちょっと汚れがついたままなんだけど、この服。 洗っては物干しざおにかける、という非効率的にやっているみたいね。 私が真後ろにいるのに、まったく反応がないんだけど。 「フィルくーん」 「え? わ、シオ! えっと、どうしたの?」 「一緒に遊びに行こうかと思ったんだけれど、忙しい?」 「いや、大丈夫だよ」 「そっか。じゃあ、さっそく行かない?」 「あー、でも俺、今全部の服を洗っているから今すぐは…」 「普段からこまめに洗濯しないとダメだよー」 「夕方まで待ってくれないかな。そうしたら、乾いてると思うから」 夕方かぁ。それまで待つのは暇だし、時間つぶすのもなんかめんどくさい。 何かいい解決案は…。 「そのままの格好はダメなの?」 「このままはちょっと…」 だなんて、嫌そうな顔。うーむ。地肌が他の人に見られるのが嫌なのかな。 あ、そうだ。 「なら、私の服を貸すよ。うん、それならいいよね。大丈夫、フィル君ならサイズが合うはずだから」 確か全然着てない、ふりふりひらひらな服があったはず。うん、それを着てもらおうかな。 絶対似合うし。 「え! いや、それはちょっと…」 「だいじょーぶだいじょーぶ。きっと可愛いから!」 「か、可愛い…?」 「ほらほら! そうと決まったら私の家に行くよ!」 戸惑っているフィル君の手をひっぱり、走り出す。 あ、フィル君、まだ洗濯途中なんだっけか。…まぁいいか。 と、私の家へと連れ込んで、れっつお化粧タイム。 フィル君の顔を丁寧に洗ってから、椅子に座らせます。 そのフィル君の目の前にありますは、テーブルの上にお化粧道具一式と鏡。 窓から入る光で、椅子に座らせたフィル君がよく見える。 少しひきつっているけど、気のせいよね。 ファンデーション。口紅は…いいやグロスを塗って…。 「なんで化粧を!?」 「似合うと思って」 「シオ、ちょっと!」 む、フィル君が暴れ始めてきた。 「黙って!」 と、軽く頭もはたいておく。 「…はい」 よし、これで静かになったね。 うーん、後は何をつけようかな。フィル君、お肌すべすべだから、お化粧はよくのるんだよねぇ。 今日はシンプルでいいよね。なんか、フィル君は涙目になってるからこれ以上メイクは難しそうだし。 うん、これでおしまいっと。 さて、次は…服は何にしようかな。何着か、着てないのはあったはずだけど。 フィル君を座らせたまま、私は部屋の角にある衣装ダンスを見る。 んー。 今日は暑いから、もちろん薄着だよね。 フィル君は可愛い系だから、ひらひらの服かな。 …あ、あったあった。 私が全然着ないタイプの服が。でもフィル君には似合いそうよね、これ。 ちょっと裾が長めでシンプルな白ワンピース。 フィル君は足や腕が綺麗だから、スカートでも充分似合うんだよね。 ………なんか、ちょっと腹が立ってきた。 着せ替えしたフィル君を連れ出して、お店が多く並ぶ街の中。 明るいおひさまの光に照らされている街並みはオレンジ色に見えて、人々の喧騒と相まってか、どことなく幻想的に感じる。 けれど、夕方なのにまだまだ熱いのとフィル君がすごく可愛いせいか、男性陣からの視線を強く受けて現実に戻っちゃう。 横でもじもじと不安げに歩いているフィル君にがいるから。 私が通りの真ん中を堂々と歩いているのに、すぐ横で歩いているフィル君と来たらもう………少し、いや結構可愛いかも。顔がちょっと赤くなっているところとか。 「シオ…、もう帰ろうよ」 「え〜、いま来たばかりじゃない。ほら、そこのりんご飴とかおいしそうじゃない」 小さな屋台のおじいさんがやっているところを指さす。 …今日、なんで屋台が多いんだっけか。夏祭りとか? 「よりによって、夏祭りにこの格好…。あぁ、もう。これを知ってる人に見られたら…」 あ、やっぱり夏祭りだったんだ。今日って。 人が多いときこそ、誰かに見てもらわないとダメなような気がするのは私だけかな。 「フィル君、可愛いんだからもっと胸張っていいじゃない」 「嫌だよ、やっぱり。こんなの…」 「大丈夫。人が多すぎるから誰も覚えられないって」 「そ、そうだよね」 「そう、大丈夫だって!」 周囲確認…よし。ぱっと見たところ、知り合いがいそうな感じはしないよね。 こう、フィル君と二人でいると妙に邪魔が多かったりするけど今日は大丈夫…だと信じるよ、うん。 「じゃあ俺、りんご飴買ってくるよ。シオもいる?」 「うん!」 「わかった。りんご飴二つだね。買ってくるよ」 と、ひらひらのワンピースをなびかせながら屋台の前まで走るフィル君。 うん、後姿もずいぶん可愛いじゃない。 会計を済ませたのか、やたらと大きいりんご飴をふたつ持って帰ってくる。…なんかフィル君、すごく嫌そうな顔してる。 「どうしたの?」 「屋台のおじさんに、『お嬢ちゃん、顔も声もずいぶん可愛いな! おじさん、でっかくおまけしちゃうよ!』って言われた…」 あぁ、それでこの大きなりんご飴なのね。なるほどなるほど。 フィル君は、結構多くの人にウケがよさそうよね。りんご飴ひとつをもらい私と、フィル君は舐めはじめる。 「でもいいじゃない、おまけしてもらったし。食べきるの難しそうだけど、これ」 「…大きい飴なのはいいんだけど」 なんて微妙に喜んでいると、ヘルシンキさんが視界に現れて、いつもの真面目な表情でこっちに近づいてくる。 警備隊の格好だから、見回りのお仕事なんだろうね。いつもご苦労さまです。 「おお、シオ殿。それと隣にいる女性のかた、楽しくやっているでござるかな?」 「うんうん、楽しくやってるよ〜。ね?」 「………うぅ」 ヘルシンキさんがフィル君と気づかないだなんて。…女装の素質があるのかも。 なのに、フィル君は飴を舐めるのをやめて、落ち込んでるみたい。結構、傷ついてるのかな…? 「それはなにより。…む、、向こうでなにやらもめておるようだ。拙者はこれにて失礼いたす」 もめているらしい方へと走っていったヘルシンキさん。 あー、なんか向こうで見物客ができてるのが見えるなぁ。 男女間のケンカかしら。 「ヘ、ヘルシンキさんに気づいてもらえなかった…気づいて…」 フィル君の今にも寝込みそうな低い声を聞いて私は振り向く。 もう、ひどく落ち込んでいるフィル君が。 え、ちょっとからかいすぎた? と私がどうしようかと悩んでいるときにもうひどい声が。 通りがかった酔っ払いのおじちゃんが、痛恨の一言。これが決め手に。 お嬢ちゃん二人ともとっても可愛いじゃないか、なんてそんなふうに。 「俺なんて、俺なんて!」 「あ、フィル君!?」 突然、多くの人がいるなか走り出すフィル君。 最初の人にぶつかった拍子にりんご飴はフィル君の手から落ちてゆく。そのまま、人へとぶつかりながらも人ごみの向こう側へと消えていった。 残ったのは呆然と見送る私と、人に踏まれ潰されてゆくりんご飴。 フィル君を追いかけないと! フィル君が去っていった方向目指して、がんばって人ごみをかき分けて行く。その時にしっかり握っていたはずの私のりんご飴も落ちてしまう。 そんなのより、フィル君が大事。気にしないで追い続けるも人ごみから抜けたのだけれど、もうその時にはどこへ行ったのか見失っていた。 「…フィル君に悪いことしたなぁ」 あまりにもフィル君が可愛いからつい…。早く探して、謝らないと。 でも、どうしようか。このまま、やみくもに探しても見つからなそうだし。 あ、そうだ。もしかしたら、そこらへんにいる人たちが見たかもしれないね。可愛いし、ちょっとだけ目立つ衣装だし。 「ワンピースを着ていた可愛い子、どちらにいきました?」 あえて女の子、と聞いてないのに見事に『可愛い女の子はあっちにいったよ』って5人聞いた全員にそう言われた。 誰も男の子って思っていないのかな? いや、そう考えるまえにまずはフィル君探さないと。 えっと、あっちは港の…方向? …いた。 浜辺の波打ち際で体育座りしているフィル君が。 淡いオレンジ色の夕日によって照らされ、フィル君と浜辺が幻想的な一枚絵のように見える。 でも、幻想的なんだけれどその背中からは後悔とか、さびしいとか、そんなような、そうでもないような。 私には男心がどうもがわからないみたい。 「フィル君」 フィル君の背後へと静かに歩いていき、深呼吸してから私は言う。 「…なに」 「えっと、その、ごめん」 今回はふざけすぎちゃったから。さすがに。 「もういいよ。俺がもっと強く断っておけばよかっただけだから…」 私が一方的に悪いのに、自分が悪いと思ってるなんて。フィル君は、ちょっと人が良すぎるんだよ。 溜息をつき、私はフィル君のすぐ隣へと座る。こうしないと、フィル君との距離は離れたままに感じるから。 そっ、とフィル君の顔をのぞきこむ。…ずっと遠くの海を見ているみたい。 ………はっ! 突然、靴脱いで、海の中へとじゃぼじゃぼと行ったりしないよね!? 「フィル君、ダメだよ早まっちゃ!」 「え? って、うわぁ!!」 フィル君が行動を起こすまえに肩を前もってつかんで止めようとしたんだけど。 「きゃっ…」 勢い余ってフィル君へと倒れこんじゃった。 「うぅ〜…驚いたじゃな…」 うん、あたしも驚いた。あおむけになったフィル君と、その上に乗っかるような姿勢の私。 …えっと。う〜んと…。 「…シ、シオ?」 「は、はい!」 そうだよそうだよ、そうだよ! 私、フィル君の胸の上に頭をおいて、倒れていて。 それに驚いた私はフィル君の胸から、両腕いっぱいに使って離れる。 …でもフィル君、あったかかったなぁ。 いや、今はもう起き上がってるからいいけどね!? なんなの!? って、ちょっと状況確認したら今はフィル君の頭を手で挟み込むような位置でバランスをとって、中腰で立っているような。 つまり。 私がふっ、と力をちょっとだけでも抜いちゃうと、自然法則の働きで私の顔とフィル君がくっついちゃいそう。 客観的に見てみると、どっからどう見ても私がフィル君を襲っているような。 ほら、フィル君の顔だって強張って…。 見つめあう私とフィル君。 二人は目をつむって、顔がゆっくりと近づいて…。 「ご、ごめんフィル君!」 離れる! 勢いよくフィル君に背を向け離れる私。 ああもう。なにやってるんだろう。 きっといま、すごく顔が赤いだろうなぁ。 立ち上がったはいいものの、立った途端に色々と後悔してきたり。うぅ。 「あ、いや。俺のほうこそ…」 ちらっと、後ろを振り返ると体だけ起こした状態のフィル君が、夕日のせいか、そうでないかはわからないけれど。 顔がほんのり赤くなっているの。 あー、ちょっと。ここからどうしよう。どうやってフィル君に話しかけようか。 ええと、まずは…うーん…。 と、丁度いいのかわからないけど、花火の音が鳴った。 「あ、花火」 一発、また一発と。 「あ、ほんとだ。どこから上がっているんだろう」 私とフィル君は立ち上がり、あたりを見回す。 あ、街のほう、いや、山のほうからかな? そっちのほうに花火が上がったあとの煙が見える。 昼間だからちょっとか、合図をさせるだけの花火なのかな。 フィル君に教えようと振り向いたら、フィル君とちょうど目があってしまった。 ちょっとの間、無言だったけどなぜか私とフィル君から楽しげな笑い声が出てくる。 「フィル君、夏祭り、一緒にいかない?」 「いいよ、行こうか」 自然に、そう自然的にフィル君のほうから手を出す。 フィル君のほうから手を出すだなんて…。ちょっとのドキドキと、嬉しさをおもった。 手を握り、フィル君が私をエスコートするかのように歩き出すが、それもすぐに立ち止まってしまう。 ああ、なんで立ち止まるのよ。なにかあったの? 「あれ、でも俺、まだ女装したまま…」 あー、そういえばそのままだったね。でも。 「いいのいいの! 気にしない! さぁ、いくよ!」 「え、いや、でも…シオ!」 せっかく女装させたんだから、今日一日はこのままでいてもらわないと。 私はフィル君の手を握りなおしたあと、手を引き歩き出す。 ふふ、フィル君が慌ててるのが少し楽しいかも。 まだまだこういう楽しい時間が続くといいのにね。 「あ、そうだ!」 「え、な、なに!?」 歩きながら、振り返るとフィル君のちょっと驚いた顔が。 「りんご飴、全然味わえなかったね」 ちょっと残念そうに私は言う。せっかくおまけしておっきいのもらったのにね。 「あ、あぁそういえば。ごめん、俺のせいで捨てちゃったんだよな…」 「いいって、いいって。元は私が悪いんだし。またおっきいの、買えばいいだけだよ」 「それは、俺もってこと?」 「そうだよ?」 私や、フィル君ひとりだけで食べるとつまらないじゃない。 せっかく二人でいるんだから、二人で一緒に食べないとね。 「…俺がまた女装したまま買いに行くの?」 ちょっと、いや、結構嫌そうに言っちゃうフィル君。 女装すごく似合っているのに。…あ、このままの雰囲気でいくとフィル君、女装やめちゃうよね。 よし。 「ダメだよ、二人一緒に食べないといけないんだから。ほら、また買いに行くよ!」 「え、うわわっ!」 突然、走りだす私。それによろけながらもついてくるフィル君。 これでよし。今日は可愛いフィル君と遊びたい気分なのです。 よし、夏祭りへゴーだよ! |