夏。
 クソ暑い夏の昼。
 蝉はうるさく鳴き、店の通りにはどっかの国から来た大勢の観光客が通り過ぎる。
 店の中は窓とドアを開けても蒸し暑い。暑い。暑すぎる。
 かといって、この長い紫の服を脱ぐわけにはいかない。これ、気に入ってるし。
 でも本当に暑いわ。
 石畳の道路から蜃気楼みたいなのが出ているぐらいにね。。
 しかし、なんであんなに店の前を観光客どもが過ぎているというのに、なんでうちに客が来ないのかしら。
 暑いなか歩けるんだから、少しはうちに寄ったっていいじゃないの。
 それにしてもルヴェル君は遅いわね。私は寛大だから、ちょっとぐらいなら待ってあげようかしらね。
 観光客と違う、石畳の道をかけ走る足音が聞こえてくる。
 そこらにいる観光客の群れを押しのけるような、どいてください、という変な叫び声が。
「し、師匠! か、かえってきまし…」
「遅い。遅いわ! どれぐらい遅れたとおもってるの!? それでも私の弟子? 閉じ込めるわよ!」
「お、落ち着いてくだされ! 道に、道にいた観光客たちが邪魔で…」
「てか、ルヴェル君、ものすごく暑苦しいわ」
 もう見ていて暑ぐるしい。
 夏なのに、長袖長ズボンだなんて。袖あまりだから余計に。
 汗で薄着の服が肌に張り付いて地肌が透けて見えそうだわ。汗だくで顔がべたべたに見えるから余計に。 
 少しは身なりを整えてもらいたいとこね。
「そりゃあ、この暑い中を走ってきましたから。暑苦しいのは当然のことかと」
「口応えする気?」
「い、いやそういうわけじゃ」
「脱ぎなさい」
「は?」
「服を脱ぎなさいっていってんの」
 なんですぐにわかってくれないのかしら。
 汗かいて見苦しい服はさっさと脱いで洗わないと、店の中が匂ってくるじゃないの。
 そんな臭いところで私は店にいたくないわ。
 まぁルヴェル君はもしかしたらそんな匂いが好きかもしれないけれど。
 でもそれは困るわね。
 ルヴェル君がもし、好きっていってきたら、いつもの10倍はいじめてあげないと。
「いや、しかし恥ずかしいですじゃ」
「私はルヴェル君が脱いでも気にしないわよ」
「は、はぁ…なら」
 恥ずかしいって乙女じゃあるまいし。
 脱ぐならさっさと脱ぎなさいって。
 ルヴェル君は恥ずかしげに汗でべったりな服を脱いでゆく。
 あら、おもったよりいい体つきしてるじゃないの。
 日頃、私が鍛えてるおかげよね、これ。
 あ、そうだ。せっかくだからルヴェル君にもうひと働きしてさせてあげよう。
「ルヴェル君、休憩したあとでいいから、そのまま店の前でチラシを配ってきて」
「こ、このまま!? てか、いつチラシなんてものを?」
「フィル君に結構前に作らせたものよ。質問は終わった? わかったらさっさと休憩して行ってきなさい!」
 文句を言おうとしているルヴェル君を睨んで奥に行かせる。
 あー、怒鳴ったらまた暑くなってきた。
 今日がクソ暑いのも実はルヴェル君のせいなんじゃないかしら…。
 チラシをさっさと持たせ、可愛い可愛い弟子を灼熱地獄ともいえる外へ送りだす。
 私に振り返ってときに不満げだったのは気のせいよね。
 ふぅ、やっといってくれたわね。上半身裸のルヴェル君。
 少し、いえ、結構楽しみだわ。
 そこそこ見れる顔だから、ちょっとは若い子たちが店に来てくれるかしらね。
 一部、変態扱いされるかもしれないけどルヴェル君ならうまくかわせるでしょ。
 店の開け放ったドアから、ルヴェル君の「ティコ魔法堂、よろしくおねがいしまーす!」ていう、やけくそ気味なような、元気なような声が聞こえてくる。
 店の前をよく動いているのか、時折ドアからルヴェル君の輝いている姿が見える。
 ルヴェル君に視線を向けたまま、店の前を過ぎ去っていく若い女の子たちがいるんだけれど、たまに何人かがチラシを持っている。
 脱げばもらってくれるものなのね、ルヴェル君でも。
 少し驚いたわ。
 でもチラシだけだとなんか物足りないわね。
 やっぱり夏といえば商売では普通なあれをやるしか。
「ルヴェル君、ルヴェル君! すぐに戻ってきなさい!」
「はいはいはい! なんですじゃ!?」
「はい、は一度でいいっていってるでしょうが。ほら、チラシの次は店先に水でも撒いてきなさい」
「まぁ、暑いですしそれは構わないですじゃが。もう服を着ても…」
「だ〜めっ」
 ルヴェル君に向ける笑顔としては、私は最上級の、自分でもいうのがなんだけど素敵に笑いかける。
 でもきっとルヴェル君のことだから、小悪魔な笑顔に見えたのかしらね。
 私の笑顔を見てもこの子、すんごく嫌そうな顔だし。
 私からいいつけられる仕事は断るわけがないから、他に原因があるとすると…。
 笑顔嫌い?
 うーん。あの子、ひねくれてるから。
 どこで調教間違えたのかしら…。

 ルヴェル君と入れ違いで、若い女の子の二人組が入っている。
 シンプルな服から見て、イシュワルドの子たちと判断。
 すれ違うときにルヴェル君の胸元を見ていたわね。やっぱりルヴェル君効果ね。
 本人はすんごく恥ずかしいみたいだけど。後姿からそう感じるわ。
 真正面から恥ずかしがってる顔を見たいものね。うん、ルヴェル君がいるとたまに役に立つわね。
 でも観光客目当てに配らせたんだけれど、最初に来たのは地元の子か。
 ルヴェル君に対する評価はこれで下がったわ。あとでひとつ、仕事をあげておこう。
 地元の子は観光客と違って多くの金を出さないから、あまり好きじゃない。
 あ、でもリピーター効果ってのに期待できるかも。
 さ、何を買いにき…って。
 なんであの若い子たちは店に入ったばかりなのに、ルヴェル君を追っていくのかしら。納得できない。
 あまりにも変な人を見たいがため? 
 ダメだわ。若い子の考えが予測しづらい。いえ、あの子たちが特に変なだけね。
「しかし、暇ねぇ…。客が入るかと思ったんだけど、翌日からかしらね」
 それはそうと、とにかく暑い。すごく暑い。冷たいアイスでも食べたいところだけど、前に頼んだときに野菜ジュースなんてものを買ってきたし。
 まともにアイスを買ってきたところで、面白みがないからいちゃもんをつけるけどね。
 しかし、暑い。
 うーん。なにか、涼しくなる道具なかったっけか。
 いや、そもそもそんなのがあったら、もっと早く使ってるわよねぇ。
「あー、早く冬にならないかし…って、なんでこんなに早く戻ってきたのかしら」
 ぼーっと暑さ対策をどうしようか考えていると、ルヴェル君がすごく落ち込んで帰ってきた。
 大きなため息を何度もついてるほどに。
 上半身に汗がたっぷり出ているから、休んでいたようには見えないけど。
「し、師匠…。ワシ、もうダメですじゃ…」
 私の目の前までやってきて、溜息連発。
 あぁ、汗かいてるから、非常に見苦しいわ。
「ルヴェル君らしくもない。なにがどうしたのよ」
「それが、師匠に言われたとおりに水をバーッと店先に撒いてたんじゃですが、警備隊の人に『このような街中にて、裸はどうかと思う』的なことを言われて…」
「別に捕まったわけじゃないからいいじゃないの」
「これから、きっとあの人に目をつけられて、外を歩くにもおびえる日々がっ…」
「大げさねぇ。どうせ、語尾が変なあいつでしょ?」
「ち、違いますじゃ。頬に傷痕があって、すっごく怖かったんですじゃ〜!」
 すごく顔を近づけて迫ってくる。ああもう、暑苦しい。
「わかった。わかったから、泣き叫ばないでちょうだい。うるさいから」
 近づいてきたルヴェル君の顔を押しのける。
 うわ、汗が手についちゃったじゃないの。
「うぅ…。また行けっていうんなら、国外逃亡でもしますじゃ!!」
「その前に暑苦しいから離れてちょうだい」
 これ以上、汗で汚れたくないし。
「師匠の、師匠のばかぁー!」
「立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花、と言われている私にそれはどうかと思うわ?」
「それは師匠の妄想じゃ…」
「ふふ。ルヴェル君。お仕置きがそんなに好きみたいね?」
 足元に置いてある愛用のムチを手に取る。
 私もダメね。自然と笑顔が出てしまうわ。うふふ。
「や、師匠。今のは言葉のアヤというもので…」
「問答無用!!」
「ぎゃー!」

 とまぁ、軽く、本当に軽〜くイヂめた。
 静かになった。
 とりあえず、店内の掃除をさせている。
 けれど、以前上半身脱がせたまま。
 うん、せっかくだから今日が終わるまでこのままにさせておこう。
「師匠、そろそろ昼食をとっても…」
「ダメよ」
 よつんばいになって、雑巾で床磨きをしているルヴェル君が悲しげにいってくるも叱る。
 そう、これは罰なんだから。私だって優しくしたいけど、できないのよ。あー、かなしいわ。
「はぁ…暇ねぇ…」
「ワシはすごく忙しいですじゃ」
「ルヴェル君がわる…そうだ」
 私の暇もつぶせて、さらに店の収入アップにいいことおもいついた。
 うん、考えれば考えるほどいい案ね。
 ただ、倉庫から取ってくるのはめんどいけど、まぁいいか。
 使い方はわかるけど、使ったことがないアレを使うときよね、今。
「その、なにか思いついた顔はやめてくだされ」
「なによ。食事許可出すだけよ」
「それだけですか?」
「ええ。軽く食べてシャワー浴びてから、床磨きやっといてね?」
 おなかが空いていて、汗だくな姿なんてどうやっても見栄えが悪い顔にしかならなそうだからね。
「は、はぁ…。やけに注文が多いですね」
「よろしく。私、ちょっと裏の倉庫行ってくるから」
 困惑してるらしいルヴェル君を置いて、ほこりだらけであろう、倉庫へ向かう。
 今度、倉庫掃除もさせてあげないとね。

 大量のほこりをかぶっていた機械『写真機』と小さな木箱をを店の中まで持ってきた。
 木でできた四角い木箱。そこにちょろっと、シャッタースイッチやレンズがついている。
 写真機の下には同じく木でできた、大きく長い三脚をつけている。
 映すのに、激しく動いちゃいけないだなんて面倒よね。
 そうえいばこれって、カラーででてくるんだっけか。
 …忘れた。
 現像のときにわかるから、まぁいいか。
 確か…どっかの誰かからもらったような。簡単にくれるぐらいの流行具合かしらね
 まぁ別に誰からもらったなんて、いいわよね。
 これで写真撮って現像ってどれぐらい値段と時間がかかるのかしら。
 フィルムはこの木箱に入ってくるからいいけど、撮ったあとの現像は…。
 フィルムつながりでフィル君に任せればいいわね。
「師匠、それは…?」
 ルヴェル君が床を磨く手を止め、こっちを見てきたのでにらむことにする。
 慌ててお仕事に戻っていった。
 いい反応ね。これからもその調子をもっと上げていってほしいわ。
「さて…ルヴェル君、動かないで。そこで止まって」
「突然なにを…」
「止まってっていってるでしょう!」
 不思議そうに振りかえるルヴェル君を制止。慌てている顔を撮るのもいいかもね。
 とりあえず、試しにどうゆうものか撮ってみないとダメよね。
「それは写真機ですか?」
「そうよ、だから黙って」
 えーと、レンズカバー外して…。フィルムは入ってるみたいね。
 ここがスイッチかしら。うん、大体わかったわ。
 ルヴェル君に重い写真機を向けて、ぱしゃり。
「これで撮れたのかしら」
「さぁ…」
 写真撮ったあとは、フィルムをまくギアを回してっと。よし、このまま撮り続けるかな。
「はい、ルヴェル君こっち向いてー。そこで笑ってー」
「なんか楽しげですな、師匠」
「ルヴェル君の体なんかを撮って私が楽しいと思うの?」
「…いえ」
「わかってるならいいわ。じゃあ、適当にポーズとって」
「こ、こうですか?」
「なにそれ。筋肉自慢の男じゃないんだから。もっとかっこいいのをやってちょうだい」
 …ルヴェル君、センスなさそうね。写真集出版してもこれじゃあ、全然売れないわよね。
 まぁ一冊売れればいいほうかしら。
「じゃあこれは?」
「却下」
「こういうのは…」
「ダメね」
「これならばっ!?」
「華麗さがないわ」
「今度こそ!」
「…はぁ」
 のりのりになってきたっていうのに、イマイチなポーズばかり。
 とりあえず、適当に写真撮っておこう。
 多く撮れば、当たりっぽいものもできるでしょ。…きっと。
「はい、もういいわよ」
「は? お、終わりですか?」
「ええ。終わったからさっさと部屋いって服を着てちょうだい」
「わかりましたじゃ…」
 そういうと、ルヴェル君は自分の部屋へと不満げに戻っていく
 せっかく撮影会から解放してあげたっていうのに何が不満なのかしらね。
 まぁいいか。さっそくフィル君呼んで現像させないとね。

 と、いうわけで。
 現像させて、店に写真集置いてみた。
 店あけた。
 どこから噂を聞いたか、ちょっと列が。
 そのうち長蛇の列。
 嫌になってきた。
 男ばっかり。たまに見える女の子がすごくすごく可愛く見えるわ。
 で、買ってくのはルヴェル君写真集ばかり。
 ごくたまに他の物も買ってってくれるけど。
 本人見たいっていう馬鹿まで。
 昨日、製本作業しすぎてまだ寝てるから安心。
 ルヴェル君がいたら、暴動起きて店が壊れるわね。
 あー。
 嫌になってきた。
 みんな、ぶっつぶしてしまおうかしら。

 夜、ルヴェル君を店内に呼んで掃除させた。
 寝てたせいか、顔がすっきりしているのが憎いわ。
「ルヴェル君写真集が売れちゃったのよ…」
「一冊ぐらいですかな?」
「…200冊ぜんぶ。それも一時間ちょっと」
 やっぱり驚くわよね。私も驚いたもの。
「そんなに作ってたんで…って、いまなんて言いました?」
「ルヴェル君写真集が売れちゃったのよ」
「いや、その次ですじゃ」
「200冊全部。綺麗さっぱりに。最後のは競売形式で競り落とされたぐらいよ」
 おもわず重い溜息をついてしまう。
 次からは思いつきだけで商品作るのはちょっと慎重に考えないと…。
「まぁ…売れて嬉しいか、恥ずかしいか微妙なところですじゃ」
「買った人の8割は男性客」
「………はい?」
「残り2割がなんとか女性客だから安心しなさい」
「えーっと?」
「写真集なんてイシュワルドじゃあまりないもんだから、売れたのかしら」
「…予想どおり?」
「うん、予想の斜め上をおもいっきりいってるわ。ルヴェル君、きっと外にいったらモテモテね。男から」
「あぁ…ワシ、ほんとにもう外にでたら大変なことに…」
「………まぁ何事も経験よ、ルヴェル君」
「そんな経験いやですじゃ〜!!」
 あとで、護身用具でも作ってルヴェル君に持たせておこう。
 さて、と。
 夜なのにまだ暑いからルヴェル君にアイスでも買ってこさせよう。
 ずっとここにいさせると、熱狂的ファンが店に無理矢理入ってきたら嫌だし。
 早く夏が終わらないかしらねぇ…。