翼の竜と青い星 「えぇ〜と、フィルの家は・・・おぉ、こっちじゃな」 今日も晴天、暖かな日が続くここは海洋都市イシュワルド。 ルヴェルは本を片手に目的地までのんびりと歩いていた。 「あら?ルヴェルさんじゃありませんか」 「シスター。どうも、こんにちは」 「はい、こんにちは」 名前を呼ばれて振り返ってみると、そこにいたのはこの町の教会に住むシスターのソフィアだった。 「シスターはどちらへ?」 「えぇ、フィルさんのところへこのお花を届けに」 「へぇ、奇遇ですじゃ。わしもちょうどあいつの家に行こうとしとったんですじゃ」 「じゃあ、ご一緒しましょうか」 二人は並んで歩く。 ルヴェルはソフィアの持つ花を指差しながら尋ねた。 「それは?」 「ブルースターという花です。うち孤児院の花壇で咲いたんですよ。この前、フィルさんには子供たちと遊んでもらったので、ささやかですけどお礼に、と思いまして」 話していると、フィルの家の前に着いた。 「初めて来るが、フィルの奴、結構いいとこに住んどるのう。おぉ〜い、フィル。借りとった釣りの本、返しに来たぞ〜」 「あら?留守かしら」 「いや、でも玄関が開いとるみたいじゃし・・・」 すると中から話し声が聞こえてきた。 『こら、キュオ!おとなしくしなさい』 『あぁ、もうこんなに散らかして。シオ、こっち手伝って』 「なんじゃ、おるんじゃないか」 「シオさんもいるみたいですね。それになんだか騒がしいですね」 改めて、ノックをする。 「これでいいじゃろ。勝手に入っても怒ら・・・」 『キュオ、お母さんの言うことが聞けないの!?』 ピタリ 二人は扉に手をかけたところで止まった。 そんな彼らの様子は知る由も無く、少し開いたドアから先ほどより明瞭に会話が聞こえてきた。 「もしかして、おなかが空いてるのかも。フィルくん、ミルク持ってきて」 「はいはい、あぁ〜、赤ん坊の世話ってこんなに大変だったのか」 お母さん、ミルク、赤ん坊。 これらの単語が意味するところは何か。ルヴェルの頭の中で憶測と妄想で作られた想像の世界が瞬時に形成される。 「えぇ〜っと、これは・・・・・・フィルとシオが、あれで・・・子供がいるということは、逆算して去年の・・・」 「あらあら、大変。お祝いしなくちゃ。どうして二人とも教えてくれなかったのかしら。それよりも二人は式を挙げたのかしら?まだなら、ぜひうちでしてほしいですねぇ」 どうやらソフィアも同じ結論に達したらしい。しかし、反応はどこか落ち着いているというか、余裕があるように見えるのはなぜか。 ともかく、二人は動揺していたのは確かだ。そのおかげで後ろからやってきた新たな訪問者にはまったく気付いていなかった。 「よぉ、ルヴェルにシスターさん。なんだ、あんたたちもフィルに用事か?」 「お、おう。シバか。じ、実は・・・」 「何で玄関でたむろしてるんだよ。あいつ、中にいるんだろ?入っちまおうぜ」 「ま、待つんじゃ!シバ、その先にはいろいろと見てはいけないものが!というか、認めたらフィルの奴に男として先を越されたことに!」 が、止めた甲斐なくずかずかと入るシバ。そして、なんだかんだでついていく二人。 そして、シオとフィルのいる部屋に入る。 「おい、フィル。頼まれてた新しい槍が入ったぞ。・・・・・・って、なんだそりゃ?」 「え!?あ、何で・・・」 「ち、ちょっと!玄関に鍵・・・」 突然の闖入者に慌てる二人。そして、三人はそこにいた物を不思議そうに眺めた。 「ワイバーンの・・・赤ちゃん?」 「何でそんなもんがここにおるんじゃ?」 「あ〜、事情はわかった。それなりに同情の余地があることも理解しとる。でもな、二人とも。そいつはモンスターじゃよ。そこのところ、わかっとるか?」 ルヴェルの説教にうなだれる二人。 ――聞けばこういう話だった。 二人は昨日、アルハン山地で『空の主』と呼ばれる巨大なワイバーンの討伐の仕事をギルドから請け負った。 仕事自体は他のギルド員との協力もあり、無事に終了したのだが、二人はそこである物を見つけた。 それはワイバーンの卵だった。二人はギルドの決まりごと、というか、一般常識に従って、その卵を割ろうとした。 だが、その必要は無かった。なんと卵は自ら割れたのである。 その一部始終を見ていた二人は、そのワイバーンの子と目を合わせた。ワイバーンはしばらくの間、おとなしくしていると急にシオに擦り寄ってきた。 刷り込みの結果、フィルとシオを親と認識したらしいのだ。 そこから後は、話すまでも無く。親扱いされた二人はその子を殺すことも出来ず、シオの説得もあって、こうしてフィルの家で育てているという次第である。 「しかし、ワイバーンが刷り込みだったとはねぇ。あれって、鳥類だけじゃなかったのか?このこと、アカデミーに報告すりゃいい金になるんじゃねぇか?」 「そ、そんなことしたら警備隊の人が来て、この子を殺しちゃうよ!」 「元来、それが普通なんじゃ」 ルヴェルの一喝に再びシュンとなる二人。 その様子を気にしつつもルヴェルは続ける。 「いいか、二人とも。ワイバーンは肉食のモンスターじゃ。場合によっては人も襲う。現にお前さんらは人を襲うワイバーンを討伐したんじゃろうが。それを街の中で飼うということが、どれほど危険なことか、わかっとるのか?おまけにそいつは聞けば、『空の主』の子だそうじゃないか。まったく、末恐ろしい」 「でも、キュオはいい子なんですよ。ねぇ、キュオ。キュオは人を襲ったりしないよね?」 「キュキュ、キュオ〜」 シオに抱かれたワイバーン――キュオが元気に鳴く。 その様子を見て、ルヴェルはため息をついた。 「いいんじゃねぇか?」 「シバ!お主、また勝手なことを」 「まぁ、待てよ。確かにそいつはワイバーンの子供だよ。でも、ワイバーンの飼育記録ってのが無いわけじゃないだろ?ほら、時々来るサーカスにもワイバーンの見世物なんてのもあるし。・・・・・・ま、本音を言えば、俺に迷惑が掛かんないんなら、どうぞご自由に、ってのは確かだけど」 シバとルヴェルが言い争う中、ソフィアはシオに近づき、そっとキュオを抱き上げた。 「こうして見ると、ワイバーンの赤ちゃんというのも案外可愛いですね」 「ソフィアさん・・・・・・」 「シオさん、フィルさん。これは神に仕えるシスターとして、また孤児院で子供たちを育てる母として、そういう忠告だと思って聞いてください」 ソフィアは静かに、そして真剣な瞳で二人に語った。 「子供を育てるということは、とても大変なことです。また、とても素晴らしいことです。・・・・・ですが、それに伴う苦労と苦悩があることも事実です。まして、この子はあなたたちとは全く違う種族の子であり、この街においては忌み子でさえあります。あなたたちがこの先味わうであろう苦難と責任は計り知れません。もしかしたら、判断に迫られるときが来るかもしれません」 「判断?」 「えぇ、そうです。それがどのような種類のものかは私にはわかりません。ですが、大事なのはその時が来たとき、決断が下せるだけの勇気と決意を持っていることです。あなたたちはそれを持てますか?」 「・・・・・・大丈夫です」 先に答えたのはシオだった。 「この子は私たちがちゃんと面倒を見ます」 「ぼ、僕も頑張ります」 「そうですか。では、私たちが言うことは何もありません。あ、フィルさん。これはこの前のお礼です。ここに飾っておきますね」 そう言うと、ソフィアは花束を置いて、玄関へと向かった。 「ルヴェルさん、シバさん。お二人とも用事は済まされたのでしょう?長居はお邪魔になりますよ」 「ち、ちょっと。シスター!」 「やれやれ・・・・・・んじゃ、せいぜい頑張れよ、若夫婦さん。あばよ」 シバの台詞に赤面しながらも、二人はホッと一安心した。 ――翌日 「っとまぁ、心配なってきてみたんじゃが・・・・・・予想通りじゃな」 フィル宅の居間の惨状を見て、ルヴェルは昨日に引き続きため息をついた。 「こら、そっち行っちゃダメ!」 「キュオキュオ〜」 「あぁ〜、戸棚の中に入り込むな〜」 「キュキュキュ〜」 「フィルくん、お父さんなんだからしっかりしてよ」 「わかってるってば!」 「キュ〜オ〜」 阿鼻叫喚の地獄絵図。いや、地獄とてこれほどまでに騒がしいことは無いだろう。 シオが駆ければ、キュオが跳ぶ。フィルが追いかければ、キュオが逃げ回る。 普段は小奇麗に整頓されたフィルの部屋が、今やどこぞの廃墟と化していた。 「あ、ルヴェルさん。こんにちは。適当に座っていてください」 指差された先にあるこれは・・・・・・椅子? もはやそれほどまでに荒れ果てていた。 「あぁ、気を使わんといてくれ。今日は差し入れを持ってきただけじゃ」 「差し入れ?」 「ほれ、モンスター用の食べ物じゃ。中に鎮静作用のある薬草なんかも入っとるから、食わせとけば少しは大人しくなるじゃろ」 「ありがとうございます!」 「ま、精々がんばれ」 ルヴェルが帰った後も二人の苦労は続いた。 「フィルくん、そっち!」 「あぁ〜。シオ、そっちから回り込んで」 ドタバタジタバタ 踊り狂う二人と一匹。 しかし、その珍妙な舞踏も主役を襲った睡魔によってようやく終わりを迎えた。 疲れたのか、キュオはかごの中でコテンと寝てしまった。 「やれやれ、ようやく寝てくれたよ」 「お疲れ様、フィルくん。はい、お茶」 「ありがと」 渡されたお茶を啜る。茶葉の香りと喉を通る潤いが疲れを癒してくれる。 シオも隣に座って、お茶を楽しんだ。 「でもさ・・・・・・」 「なに?」 「こうしてるとほんとの家族みたいで楽しいね」 「・・・・・・そうだね」 フィルはシオの父が失踪していることを思い出した。 たぶん彼女は自分とキュオとを重ねているのだと思う。 親を失った悲しみを知っているからこそ、また、その親を自らが殺めたからこそ、この子を殺せなかったのだ。正直なところ、最初はシオの提案が信じられなかった。自分も最初はこの子を手に掛けるつもりだった。 だが、あのシオの真摯な瞳を見た瞬間、決意が揺らいだ。いや、瓦解した。 だから、今はもう迷っていない。これでいい。そう信じている。 「憧れてたんだよね。こういう暮らし。家族で一つ屋根の下で仲良く楽しく暮らして・・・・・・今は、こんなことしてるけどさ」 そういって、ちらりと壁に立てかけている剣を見た。 彼女の寂しさを思い、胸が少し苦しくなる。 「シオはさ・・・・・・」 「?」 「将来、お母さんになりたい、って思ってるの?」 「うーん、そうだね。できればなりたいかな」 「そうなんだ」 「どうしてフィルくんがそんなこと聞くの?」 「い、いや、別に深い意味があって聞いたわけじゃなくて・・・ただなんとなく」 「ふーん。ま、別にいいけど」 赤面するフィルを見て、シオがくすくすと笑う。 もう日は沈みかけていた。 窓からこぼれてくる夕日が二人を優しく染め上げる。 「あ、それとね〜。子供は男の子と女の子、一人ずつ欲しいかな」 「名前とかは考えてるの?」 「特には。フィルくんは考えてるの?将来、自分の子供の名前」 「・・・・・・一応、ね。女の子の方は考えてる」 「へぇ〜。ね、教えてよ」 「い、嫌だよ〜」 「こら〜、教えなさ〜い」 脇をくすぐるシオ。フィルもたまらず悶える。 「わ、わかった、わかったよ!言います、言いますってば!」 「で、なに?」 「・・・・・・ィ・・・オ」 「ん?ごめん、よく聞こえなかった」 「・・・・・・・・・・・・シオって言ったの」 「え、それって・・・私の名前?」 「そ、そうだよ・・・」 あまりの恥ずかしさにそっぽを向くフィル。 その様子を見て、今度は大声を上げてシオは笑った。 「ははは、おかし〜。何でよりにもよって、私の名前なわけ!?」 「い、いいじゃないか、べつに」 「それにその名前って、もし・・・」 そこまで言ったところでシオがピタリと止まった。 彼女のほほが赤く染まっているように見えるのは夕日のせいだろうか。 「もし?ってなんなの、シオ」 「そ、その・・・・・・フィルくんのおよ・・・さ・・・がわ・・・しだったら・・・・・・・」 「え?全然聞こえないよ」 「う、あぅ、その、だから・・・・・・・・・・・・そう!フィルくんのお嫁さんが私と同じ名前だったらその名前使えないよ、って言ったの」 「ま、まぁ・・・そうだね」 釈然としないながらもフィルは引き下がった。 外は明かりが灯りだし、もうすぐ夜になろうとしていた。 「シオ、そろそろ宿に戻ったら?」 「でも、キュオがまた起きたらフィルくん一人じゃ大変だよ」 「それは大丈夫だって」 「ねぇ・・・・・・今晩、わたし泊まってこうか?」 「え、あ、ええええぇぇぇぇ!そ、それはまずいって」 思わず、(文字通り)飛び上がって動転するフィル。 「大丈夫だって。・・・・・・・・・・・・あ、それともなに?私が泊まったら、フィルくん、何か変なことする気でもあるの?」 「ないないないない!それだけは、ぜぇぇっっっったい、にないから!!!」 「ならオッケーじゃん。じゃ、私いったん戻るね。着替えとかいろいろたくさん持ってこなきゃいけないから」 「え、そんなに大変なの?」 「だって、とりあえず一週間分くらいは必要でしょ?だったらすぐに準備しなくちゃ」 「え、え、えぇ!?今日だけの話しじゃないの!!??」 もはや何がなんだかわからない様子のフィル。 そんな彼を頬って、シオはそそくさと出て行ってしまった。 外はすっかり暗くなってしまった。 海洋都市イシュワルドの夜は今日もいつもどおりに過ぎていった。 ――それから一週間。 フィルとシオとキュオとの奇妙な生活は無事に続いていた。少なくとも見かけは平穏な家族生活を送っている。 ルヴェルは閉店後、久しぶりに様子を見に行って、そして相変わらずのどんちゃん騒ぎに呆れて、ティコ魔法堂へちょうど帰ってきたところだ。 「師匠、ただいま戻りました〜」 「あら、遅かったわね。ちゃんとお使いはしてきたんでしょうね」 「子供じゃないんですから安心してくださいですじゃ」 外出の本来の目的である、お使いの中身を袋から取り出して、冷蔵庫やティコの私室へと運び込む。 「そうそう、ルヴェル君」 「なんですじゃ?」 「最近、鎮静薬が在庫から減ってるんだけど、知らない?」 ビクリ 「い、いえ別に。わしは何も知りませぬが」 (い、いつも在庫のチェックはわしにやらせとるくせに何でこういう時だけ気が付くんじゃ!) 心の中で思わず、師匠の勘の鋭さに逆切れするルヴェル。 「ならいいんだけど。鎮静薬はそれなりに悪用も出来るから少し気になったのよ。それに・・・・・・」 「それに?」 「最近、占いの結果が良くないのよ。地脈も揺らいでるみたいだし。別に私の思い過ごしならいいんだけど」 さすがは我が師匠と言ったところか。レミュオールの魔女の二つ名は伊達ではない。 たぶん黙っていても無駄だろうと観念した。 「師匠、実は・・・・・・」 この人に隠し事は出来ないと改めて実感しつつ、ルヴェルは事の顛末を話しだした。 「・・・・・・なるほどね。通りで最近体の調子が悪いだけだわ」 「どういうことですじゃ?」 「あのね、私くらいの魔力を持ってると外界の異変とかを無意識に感じ取って、体に変化を起こすことがあるの。私が最近、調子が悪かったのもそれ。なんせ、自分の敷地の中にモンスターが紛れ込んでいたんだもん。朝、起きれなくもなるわ」 「それはいつものことじゃ・・・・・」 「何か言った?」 「い、いえ・・・何も・・・・・・・」 一息ついて、カップに入ったコーヒー(当然ルヴェルが淹れた)に口をつける。 「で、私の結論を言わせてもらうけど・・・・・・」 「はい」 ティコの目があの時折見せる真の魔女の眼になる。 そして、断罪した。 「殺しなさい」 沈黙が響く。 ルヴェルはいたたまれない気持ちになって、頷いた。 「ルヴェル君、やはり誰がなんと言おうとその時の判断はあなたが一番正しかった。もちろん、私だってただのワイバーンが相手なら放っておいたわ。でも、これは別。なんせ、相手があの『空の主』の子だもの。いい?『空の主』はね、ただのあだ名でも通称でもないの。それはいわば、爵位なのよ。モンスターの中における絶対の称号。血脈に沿った受け継がれる力なの。力の顕在化の差こそあれ、とてもじゃないけど人に御し切れる物ではないわ。その子が『空の主』の死後すぐに孵化したのは偶然でもなんでもないわ。継承されたのよ、『空の主』の称号が」 「ですが、わしが見た限りではまだ普通のワイバーンでしたぞ?」 「覚醒前なんでしょ。何らかの種火があれば、すぐに爆発するわよ。明日様子を見に行きましょう。私自ら、滅ぼしてあげるわ」 その言葉にルヴェルは少なからざる驚きを持った。 「し、師匠自らですか?」 「当たり前でしょ。相手は翼竜王『空の主』。本当は今すぐにでも行きたいけど、夜は闇の眷属の領土だし、私の準備もあるわ。それに・・・」 瞬間、ティコが扉に眼を向けた。 「誰!」 ルヴェルも身構える。 気配を全く感じなかった。いや、彼はいまだに感じていない。しかし、ティコがいると言っているのだからそこには誰かいるのだろう。 扉がゆっくりと開く。 「夜分遅くに申し訳ない。また、立ち聞きしたことにも謝罪を申します。ですが、並々ならぬ内容でござったので・・・」 「へ、ヘルシンキさん!?」 「まったく、乙女の会話を盗み聞きするなんていい御身分よね」 ヘルシンキは改めて一礼をしてから店内に入った。 「で、どこまで聞いたの?」 「拙者が知らねばならぬであろうことは一通り」 「そ」 ヘルシンキは眼を伏せた。 その表情は、なんとも言いがたく渋い。 「正直、これは上に報告して正式に討伐隊を組みたいところなのですが・・・」 「そうなるとフィルくんやシオちゃんも裁かれちゃうわね。知り合いのよしみとしてそれはやめてあげて欲しいんだけど。子供の悪戯ってことで」 「わかっております。あのフィル殿たちの事です。悪気があってしたことではないのでしょう。拙者としても二人が罪人として裁かれるのはおもしろくござらんからな」 「ならお願い」 「・・・・・・明日、ティコ殿が仕留め切れれば、ということです。あと、その場には拙者も加わらせてもらいますぞ」 「構わないわ。むしろ、あなたが加勢してくれるのはこちらとしても大助かりよ」 「では、明日」 ヘルシンキの後姿を見送ったあと、ルヴェルはため息を漏らした。 「どうしたの?」 「報われんのぅ、と思いましてな」 「そうね、二人も・・・その竜の子も」 翌日は雨が降っていた。 「ほら、フィルくん、キュオ。起きなさい、朝だよ〜」 「う、う〜ん」 「キュオ〜」 寝ぼけ眼をこすりながら、起きる一人と一匹。 この一週間でキュオは10歳ほどの子供くらいの大きさにまで成長していた。二人はこれを一般的なワイバーンの成長速度と認識していたが、当然これが『空の主』の継承者足る者の資質による物であることは知る由も無い。 「ほら、朝ご飯だよ。私が作ったんだから」 「えっ!」 「キュオ!」 目の前に置かれたこれは何か。・・・・・・パン。たぶんそうだ。形がなぜか六角形だったり、トーストにしては色が黒ずんでいたり、というかもはや完全に炭化していたりするがこれはおそらく、原材料:食パン、であろう。 「どうしたの?私が作った朝ご飯、食べれてくれないの?」 「・・・・・・出来れば別の物が」 「・・・・・・キュオ」 小さな声で呟くのはフィルとキュオ。 だが、一家の長(断じてフィルではなく)であるシオの命とあっては大人しく従うしかなかったのであった。 苦い朝食を何とか三人は食べきった。 『ごちそーさま』 シオは皿洗いをして、フィルとキュオは戸棚の中から口直しになるものを探していた。 「確かここらへんにクッキーがあったはずなんだけど・・・・・・」 「キュキュオ〜」 「あ、ごめ〜ん。そこにあったクッキー、全部食べちゃったー」 「えぇ!?」 「キュ!?」 確か缶で一箱あったはずなのに。恐るべき大食漢シオ。 と、その時、部屋の扉を叩く音がした。 『おおーい、フィル。オレだ、開けてくれ〜』 「あ、シバ!ごめん、ちょっと待って〜」 「ふぅ〜、ったく。なんでオレがこの雨の中わざわざ商品届けなきゃいけねぇんだよ。ほらよ、頼まれてた風乗りの槍だ。注文通り、クリックの所に行って、強化しといてもらったぞ。全く、自分でも驚くほどのサービスっぷりだよ。料金上乗せして、銀行から引き落としといたからな」 「うん、ありがと」 「礼なんていらねぇよ。販売済みの商品を店の中に置いててもただの邪魔になるだけだからな。で、今度新しく・・・」 ドンッ! そのとき、外で何かがぶつかる音が響いた。 二人は驚いて外をのぞき見る。 「うわ、ありゃ馬車に引かれたな。野良犬か・・・なんまだぶなんまだぶ」 「あのままじゃかわいそうだよ。どこかに埋めてあげなきゃ・・・」 そう思って、近寄ろうとしたフィルを追い越して、何かが野良犬の死体に飛び掛った。 それは見間違えるはずも無く、キュオだった。 「グオオオオオオォォォオオォ」 「き、キュオ!?」 「な、なに。どうしたの!」 ペキャクチャバキムシャ 血を啜る音、骨を砕く音、肉を引き裂く音。 徹底的な生の強奪の音色が雨音の上に塗り重ねられた。 通行人もフィルたちも突然の事態にいまだ膠着から脱しきれていない。 その間にも、翼竜は目覚めの儀式を進行させていた。 「グググオォォォ」 見る間にその姿は、膨れ上がり、一瞬にして2メートル以上の巨体にまで膨れ上がった。 「アガアアアアアアアァァァァァァ」 それは誕生の息吹。王者の産声。歓喜の咆哮。 そこに現れたのは、姿こそまだ小さいものの間違いなく『空の主』だった。 「あの叫び声は!」 「間違いないわね。・・・・・・不愉快だけど、一歩遅かったみたい」 「急がねばなりませぬぞ!」 ティコ、ルヴェル、ヘルシンキの三人はフィルの家目指して走っていた。 あの巨大な咆哮までの距離は近い。幸い、まだ飛び立ってはいないようだ。 「見えた!あそこですじゃ!」 ルヴェルの指差す先には今まさに羽ばたかんとするワイバーンの姿があった。 「させない!《アイシクル》!!」 ティコの周囲に形成される四本の氷の槍。 それらは一斉に飛び出し、ワイバーンの翼を穿つ。 「ギャアアアアアォォォォ」 「危ない・・・・・・まだ、致命的なことにはなってないみたいね」 「ここは拙者とティコ殿に任せて。ルヴェル殿、町の人たちの避難を頼みます」 「わかった!」 鞭を構え、魔法の用意をするティコ。 背中の大剣を抜き放ち、正眼に構えるヘルシンキ。 一方で、ルヴェルは周りの人を安全にワイバーンから遠ざけていた。 そして、その中にシオとフィルを見つけた。 「お前たち!何をしとるんじゃ。ここは師匠たちに任せて逃げるんじゃ」 「る、ルヴェルさん。まさかティコさんたち、キュオを殺す気じゃ!」 「当たり前じゃろ。こうなったらどうしようもないんじゃよ」 「そんなぁ!」 今すぐにでも、ワイバーンに向かって走り出しそうな二人をルヴェルは必死で止める。 その後ろでは、魔法の炸裂音や大剣の太刀音が聞こえてくる。 「止めさせないと!キュオが殺されちゃう!」 「馬鹿な事はよすんじゃ!もうお前さんらじゃ、どうにもできん問題なんじゃ!」 「キュオは私たちの子供です!」 「眼を覚ますんじゃシオ!あれを見ろ。あの怪物がお前たちの飼っとった翼竜か!?」 「あんな姿だけど、あれは確かにキュオです!」 「違う!あいつはもはや『空の主』じゃ」 「それでも!」 とうとうシオがルヴェルの拘束を抜け出し、駆け出していった。 ルヴェルはその背中に必死に叫ぶ。しかし、彼女には届かない。 ワイバーンは今も雄たけびを上げ、ティコたちと死闘を演じていた。 「懐に飛び込みます。援護を!」 「わかったわ。《ブレイク・・・」 翼竜の眼前で膨れ上がる魔力。 同時にヘルシンキは大剣を上段に構え、突貫の体勢に入った。 「・・・ボム》! 今よ!」 「御意――だああああぁぁぁぁ!!!」 袈裟懸けに斬撃が走り、その勢いのまま下段に構えて、振り上げる。 その背後でティコも次の魔法を組み立てあげ、打ち込もうとしていた。 が、しかし。その攻撃は、どちらも翼竜に届くことは無かった。 「やめてください!」 「シオ殿!?」 「シオちゃん・・・そこをどきなさい!あなた、それがどれだけ危険なものかわかってるの?」 「わかってないのはティコさんたちのほうです!この子はキュオです。空の主とかそんなものとは関係ないんです!」 シオは翼竜に比べれば、はるかに小さいその体でその子を守っていた。 ティコは苛立たしげに歯噛みする。 「あぁん、もう!これだから子供は嫌いなのよ!」 「子供じゃありません。この子の親です」 「シオ殿下がってください。危険です」 ワイバーンはその背後で苦しそうに呻いている。 シオはその巨体をそっと抱きしめた。 翼竜の瞳が安心した輝きを見せた。 「大丈夫・・・私が守ってあげるから・・・」 「ギュオォォォ・・・・・・」 翼竜は明らかにシオにその身を預けていた。 ――もしかしたら 誰もが、その瞬間そう思った。 「いたっ・・・・・・キュオの鱗がとがってるから、指切っちゃった」 しかし、その願いも打ち砕かれる。 潮の指から流れる血を見て、その香りを感じ取ったとき、『空の主』は再び力を取り戻した。 「グワアアアアアアァァァァァァァオオオオオオオオオオオオオォォオオォォォオォ」 「まずい!シオちゃん、離れなさい!」 翼竜が再びその巨体を持ちあげた。 その衝撃でシオが吹き飛ぶ。 そして、さらに翼竜はシオへと襲いかかろうとした。 「《マジックミサイル》!!」 「行かせるかあああぁぁ」 ティコとヘルシンキがその侵攻を食い止める。 シオは落下の衝撃で気絶していた。 万事休す。ここに来て、再び力を取り戻した『空の主』を相手に二人には正面から食い止める力は残されていなかった。 そして、その一部始終をフィルは離れて見ていた。 「これがお前さんたちの結果じゃ」 「・・・・・・」 「どうする?フィル」 「俺は・・・・・・どうすればいいんですか・・・・・・・・・・・」 「さぁのぉ。――お前さん、シスターの言葉を忘れたのか?」 ――子供を育てるということは、とても大変なことです ――もしかしたら、判断に迫られるときが来るかもしれません ――事なのはその時が来たとき、決断が下せるだけの勇気と決意を持っていることです ――あなたたちはそれを持てますか? 決断の時。それはまさに今の事だろう。 示さなければいけない。あのときの答えが嘘ではなかったということを。 その時、背後から誰かに肩を叩かれた。 「使うか?」 「シバ・・・・・・」 渡されたのは、槍だった。 手が震える。しっかりと握り締められない。 今にも槍が手からこぼれそうだ。 「おいおい、早くしねぇとシオがあぶねぇぞ?」 「う、うん」 シバの言葉で震えが止まった。 そして一気に駆け出した。 「ヘルシンキさん、シオちゃんを担いでここから離れて!」 「ですが!」 「大丈夫!しばらくは一人で持たせてみせるから・・・・・・何!?」 ティコは自分の横を駆け抜けていった物を見送った。 それは一陣の疾風のごとく翼竜へと迫り―― 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんね」 グサリ 槍はワイバーンの心臓を貫き通した。 翼竜の胸から鮮血がこぼれる。 「キュオ!」 ちょうど眼を覚ましたシオが二人の下へと駆け寄る。 「キュオ、キュオ!」 「ギュ・・・ォ・・・」 「ごめんね・・・ごめんね・・・・・・・・・・・・」 翼竜の声にもはや生気は無かった。瞳も霞みだし、体が熱を失っていく。 そこでようやくフィルは槍から手を放した。 「う・・・あぁ・・・・・・」 泣いたら駄目だ.これは自分の侵した罪なのだから。 そう思っても、零れ落ちるものを抑えることはできなかった。 「キュ・・・オ」 ほほに暖かい感触が会った。それはキュオの舌だった。 キュオは涙で喉を潤し、嬉しそうに鳴いた。 そして―― 「・・・・・・・・・・・・」 二度と眼を開けることは無かった。 空から降る雨はやみ、代わりに二人の目から涙が零れ落ちる。 あれから一月がたった。 フィルとシオの二人は今、町の外れの丘に来ていた。 二人の目の前には小さな墓標が立っていて、そこには『QUO』とだけ書かれていた。 「あら、お二人とも来ていたんですか」 振り返るとそこには花束を抱えたソフィアがいた。 ソフィアは二人の隣まで行くと花束を供えて、黙祷を捧げた。 「もう一ヶ月ですか・・・・・・早いものですね」 「えぇ」 そう答えてフィルは腰に下げたナイフを撫でた。 それはティコがキュオの牙から作って、自分とシオに贈ってくれた物だった。 『罪滅ぼしとか、そういうつもりじゃないんだけど・・・』渡してくれたとき、彼女はそう呟いた。 「そういえば、その花・・・・・・ブルースター、でしたっけ」 供えられた花束に視線を向ける。 そこには他の花には無い、まさに蒼と呼ぶべき花が咲き誇っていた。 「えぇ、そうですよ・・・・・・そういえば、お二人はこの花の花言葉をご存知で?」 「いえ」 「『信じあう心』という意味です」 「・・・・・・だったら、俺には似合いませんね。シオと違って、最後まで信じて上げられなかった」 「フィルくん、そのことは・・・・・・」 シオがフィルの袖をぎゅっとつかむ。 その様子を見て、ソフィアは静かに首を横に振った。 「確かに、フィルさんの下した判断は最良のものとは呼べなかったかもしれません。今となっては、あの時もっと良い結果が得られたのでは、と考えてしまうでしょう。それは人の性です、仕方がありません。ですが・・・・・・」 ソフィアは花を一輪とって、空に掲げた。 「判断が間違っていたと思うことで、キュオちゃんと過ごした日々までもを後悔するのは・・・それこそ間違いです。あの時、あなたたちが感じた幸せ、笑顔は決して誰にも汚すことの出来ない神聖な思い出です」 「うん、その通りだと思います・・・・・・・そういえばね、フィルくん。私思ったんだけど、キュオは子供がいないよね。で、キュオが『空の主』だったんだから、キュオは最後の『空の主』って事になるじゃない?」 「うん」 「だとしたらさ、キュオは今も空のどこかにいて、わたしたちのこと見下ろしてるんじゃないのかな?なんたって、空の王様だから・・・・・・って考えたんだけど、ちょっとメルヘンチックかな?」 「そんなこと無いと思うよ」 フィルもソフィアに習って、丘からの景色を眺めた。 ――海洋都市イシュワルド ここから見える空も海も花も全てが鮮やかな青に染まっていた。 「それじゃ、そろそろもどろ。ばいばい、キュオ。また来るね」 「それまでここから俺たちのこと見ててね」 「では、行きましょうか」 三人は丘を下る。 イシュワルドは今日も晴天、暖かな日差しが注ぐ。 この街でまた新たな日常が繰り広げられる。 《FIN》 <後書き> どうも、皆さん初めまして。Mk−三郎(まーくさぶろう)というものです。 今回は、小夏さんの作られたゲームの数々に大変感動を覚え、自分も僭越ながらSSを書かせていただいたわけなんですが・・・・・・ とりあえず、いろいろ捏造してしまいました。小夏様には本当に申し訳ございません。あと、キャラクターが掴み切れていなくて、読者の方には違和感を覚えさせてしまうかもしれませんが、そこは自分の腕の無さです。精進します、はい。 話の内容はシリアスめにしてみました。いかがだったでしょうか?また、書かせていただくかもしれません。今日はこの辺で。さようなら〜 |